第2遊水池
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第2遊水池臨時企画

吾輩はモバギである


第二回 PHS通信始末録(上) 文月弐日


 ちょっと申し聞けるが、諸君はいわゆるメールフレンドなるものを何人持っているか。五人か、十人か。
 まあ何人でもよろしいが、ではそのうち、諸君が病気あるいは不慮の事故などで音信不通になったとして、心から心配してくれる人がどれほどいるだろうか。たくさんいるというならご同慶である。ご同慶どころか、吾輩はまさにそのような主人を戴いて働きたい。うちの主人に吾輩はもったいない。彼はまったく、機械の自らにとって適当な使い方というものを体得しておらんのである。

 主人には、メールフレンドというものはいない。いるのは掲示板フレンドか仕事フレンドで、後者に至っては日本語がおかしい。こう書くと、さも主人が友達のいない朴念仁であるかのようだが、そうではない、友人知己はたくさんいるがそれらがまだメール環境を導入していないのだ、とこれは本人の言うところである。実はそれほどいない。
 実際ゼロではないが、交友の狭いことは確かで、連絡を取ろうと思えば、同報メールなど使わなくとも電話でどうにでもなるのである。仕事相手においてもこれは事情を同じゅうする。
 なのに主人は、それらの事情を勘案することなく、もっぱらおのれの好奇心を満たさんがためにのみ、吾輩に無理な仕事を強いるのである。本人は非常時のためだというが、なにただ単にやりたいからやるだけに決まっている。
 なんのことかというと、PHSでモバイル通信をしようとしたのである。

 六月に吾輩を迎え入れるのと相前後して、主人は野望を立てていた。吾輩と、新たにはべらせたエッジと、PCカードモデムの三点をそろえて、時と場所に縛られることなくインターネットに接続しようというのである。
 しかし彼は、吾輩をまずテキスト入力端末として買ったのではなかったか。そしてデジカメデータのストックヤードとして買ったのではなかったか。ウェブ接続は余興だったはずである。
 それをあっさり忘れて一時の浮薄な愉しみに身を任せるとは、不甲斐ないにもほどがある。吾輩は、たとえ流水を受けてこの頭脳の回路がサージしようとも、DC入力を絶たれて飢渇のうちに倒れようとも、断じてこれを拒否することを決意した。

 主人が用意したのは、以下の機材である。
・パナソニック エッジ端末     KX−PH23F
・パナソニック PHS接続カード KX−PH402
・吾輩
 カードは、ヤフーのオークションで手にいれたものである。値三千六百円。定価で買えば一万円以上するからなあなどと主人は言っているが、定価で買えば保証がつくのである。しかもこの品は32kの通信速度しか持たない。わかっているのかどうか。
 電話機のほうは、今のところエッジ唯一のフリップ付き端末であるもの。αdata64規格に対応しており、9.6kの性能しか持たぬ携帯電話をはるかに凌駕する、はずであるのだが、カードがボトルネックになって通信は32kでしか為されぬことになる。ここでも宝を持ち腐れている。
 何はさておき主人は吾輩をこれらとつないだ。ソフトをインストールする必要はなく、カードをさしてケーブルをつなぐだけでいいはずである。後はウインドウズCEの通信設定次第。
 もちろん、初回は失敗である。そううまく行くものか。

 主人はいつも、自宅からニフティのアクセスポイント、ハイパーロードにダイヤルアップしている。ゆえに、彼の目論見はこうである。
・とりあえずいつもと同じAPの番号につないでみる。
・だめなら同じ市内のPIAFS対応APにつないでみる。
・それがだめならニフティ−DDIポケット提携のポケットMALのAPにつないでみる。
・それもだめならDDIポケットの新サービス、PRINにつないでみる。
 若干の説明を要するであろう。PHSの接続はややこしいのだ。これは主人でなくとも混乱する。
 いつものアクセスポイントというのは、回線速度56kのアナログモデム用アクセスポイントである。PHSはデジタルでデータを飛ばすから、これはつながらない。
 PIAFSというのは、なんとかいう横文字の略でピアフと発音し、PHS専用のデジタル通信の規格である。これはプロバイダが対応するアクセスポイントを用意していないと使えない。使えても、他の都市に行ったときはAPの電話番号を変えなければいけないので、やや面倒である。
 そして、ポケットMALというのは、DDIポケットと各プロバイダーが提携して準備している、全国共通電話番号のアクセスポイントである。通話料金はDDIポケットに、ウェブの料金はプロバイダに払うことになる。DDIポケットのPHS(ないしはエッジ)を使っていて、さらにプロバイダが対応してなければいけない、という制限がつく。
 最後のPRINというのは、何の略にしろ間抜けな名称だがその点はまずおくとして、DDIポケットがウェブへの接続までやってしまう、一番簡単なサービスである。電話番号は全国共通で、回線速度は64k、1分15円の通話料がかかるのみ。

 三つの方法があるのである。選択肢が増えてうれしい、などというのは物好きであろう。利用者側にすれば、なんでもいいから統一してもらったほうが楽に決まっている。
 主人はいちいち勉強しながら、これらすべてに接続を試みたが、結果は惨敗であった。どれひとつとして成功しない。
 だがそれも無理はないのである。これらの回線の問題に加えて、CE機は煩雑な通信設定がたくさんある。
 主人はこれを楽天的に受け取って、いじるところがあるうちは、まだつながる見込みがあるってことさ、などとのたもうている。
 甘いのである。吾輩がつながないと決心しているのだ。ちょっといじったぐらいでどうにかなるわけがない。そうとも知らず主人は、WindowsCE FANというインターネットのフォーラムや、カードの製造元である九州松下にメールを飛ばして、状況打開に向けた布石を打ちつつある。
 さて、どちらに軍配が下りることになるだろうか。



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