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Rep.3-1 観光潜水艦「もぐりん」搭乗記 前編
西暦2000年9月28日

船は支援母船「でいご」。その手前に接舷している白い横長の足場のようなものが「もぐりん」。その左は伴走船


「空」を二回続けて書いたから、次は安直に「海」なのかと聞かれると、そんなことはない。ないったらない。
 これまでうかつにも書くのを忘れていたが、前回までのヘリ取材はもちろん、「回転翼の天使」のためだった。これは題が最後まで決まっていなかったから、紹介しようがなかったのだが。
 今度の話は、題だけ決まっている。「SEA-SOUND」。以下完全に未定。しかし海の話であることは確かである。

 今回の取材は、株式会社日本海中観光が運航する、日本唯一の観光潜水艦「もぐりん」号がターゲット。建造会社は三菱重工で、セイルには真紅のスリー・ダイヤモンズが麗々しく描かれている。平成元年に進水し、全長18.95メートル、満載排水量90t、乗員2名プラスガイド1名、速力2ノット。巡航深度は30メートルで、これはスキューバダイビングでも潜水病対策が必要になる深さだが、特別な心構えは必要ない。現に私の1歳4ヶ月の赤子もおむつのままで乗せてもらえたし、ジェットコースターに乗せたら魂を落っことしてきそうなじいさんばあさんも同乗した。実際安全対策は多く、乗ってもなんら不安はなかった。
 最大潜行深度は50メートル、設計許容深度は75メートルである。2.5倍の安全係数を取ってある上、海底までがそもそも40メートル前後しかないから、圧壊の危険は皆無と言っていいだろう。
 乗客は2665Kg。妙な書き方だが、人数ではなく重さで制限している。基本的には40人乗りということになっているが、重量オーバーになると定員を減らすのだ。今時プロペラ飛行機でもやらないが、乗船前にひとりひとり体重まで調べられる。後で述べるが、これはもぐりんが非常にデリケートな姿勢制御をしているからである。
 側面に20個、パイロット用に1個の窓があって、これを通して海中を眺めることができる。乗客は背中合わせに一列に座って、40分間の海中散歩を楽しむのである。

 さて、もぐりんの本拠地は沖縄本島の恩名村の、ホテルサンマリーナのビーチである。愛知県から1200キロ。貧乏ひまだけを自認する小川がずいぶん張りこんだなと思われるだろうが、新幹線で東京に行くより安い沖縄ツアーを家族が見つけてきて、たまにはサービスしろと談判するので、ただ行くだけでは芸がない、取材も入れるぞと折衷案を出した結果である。まあ、ちょうど潜水艦について調べていたので、いいきっかけではあった。
 赤子づれでは機動力がだいぶ削がれるが、仕方のないところである。普段わけのわからない旅行で好き勝手にあちこちを飛びまわり、厚くもない財布をさらに薄くしているので、あまり強いことは言えないのだ。と、これは私事で失礼。

 那覇に宿を取り、レンタカーのカーナビに支援させて、恩納村まで1時間半。ホテルの敷地内に、もぐりん乗船の受付があった。
 あらかじめ頼んでおいたので、取材の申し込みはすんなり受け入れられた。いつも思うが、縁もゆかりもない馬の骨である私の頼みを聞いてくれる人がいることには、自分でも驚く。感謝の言葉もない。
 乗船チケット、大人ひとり一万円。高いとは思わない。もぐりん本体は建造費五億六千万円、その上メンテナンス費用が年間七千万円もかかるのだ。費用に対してというより、そんなものを作って観光用に運航しようと考えた人に対して、この料金は妥当だろう。本邦四つと三千の島々を津々浦々まで回っても、一般人のためにこんな本格的な潜水艦を作った人はいない。
 受付を済ませると、前述のように一人一人体重を量られる。それからすぐ乗船することができるかといえば、そうではない。まず桟橋から、連絡船「うるま」に乗り込む。速力16ノットの小さなその船で沖の真栄田岬まで15分走り、それから支援母船「でいご」に横付けし、「でいご」を介して「もぐりん」本船に乗り込むのである。  母船がいることはわかっていたが、さらに連絡船まで使うとは思わなかった。だが別に、もったいぶって期待感を盛り上げているわけではない。もぐりんは定期遊覧船だから運輸省規定の航行ルートというものがあって、そこから離れられないのだ。足が遅いから規定ルートを港まで延ばすわけにもいかない。そんなことをしたら目的地に着く前に乗客が反乱を起こす。



連絡船「うるま」


「うるま」の船上で、キャプテンの山本さんにお話をうかがううちに、もぐりん待機地点に到着。一団の船団が停泊している。
「でいご」、もぐりん、それに平べったいもぐりん伴走船である。「でいご」は大型トレーラーぐらいで、思っていたより小さい。どう思っていたかというと、遠洋漁業の捕鯨母船のようなものを想像していた。あれは鯨を甲板に引き上げるからでかいのであって、「でいご」はもぐりんを横付けして、ロープで縛って走るのである。だからたいした大きさではなく、長さはもぐりんと同じほど。しかし、あとで分かるが小技の光る立派な支援船だった。
「うるま」から「でいご」の後甲板を渡って、いざ、もぐりんに乗船。
 搭乗口はマンホールのようなハッチである。客室の外壁は厚さ5センチの高張力鋼だが、ハッチの蓋はそれほどでもない。ハッチの厚さは、それを見れば耐水圧能力がわかり、ひいては潜行深度までばれてしまうため、原潜では最大級の秘密とされている個所だが、民間用のもぐりんではあけっぴろげで秘密もへちまもない。どうということもない鉄板である。
 急なはしごを下りると、そこはもう海面下三メートルの水中だ。左右二列の外側を向いた客席の最先端に駆け寄ろうとすると、ガイドのお姉さんに止められる。重心配分があるから勝手なところに座ってもらっては困るというのだ。そこを無理に拝み倒して、コックピットのすぐ後ろの席を占拠。以後私は、窓の外で舞い踊るタイやヒラメなどそっちのけで機械ばかりに注目する。ガイドの中村さん、すみません。



後ろから見た「でいご」、「もぐりん」、餌まき伴走船。「うるま」は向こうがわに接舷する。


後部ハッチ


老若男女


 もぐりん船内は照明で明るいが、潜航中は明かりを消す。それでも暗くはならない。20個の窓からさしこむ外部照明と太陽光のおかげである。そしてそれを通す透明な沖縄の海水のたまものである。航行中にいろいろメモを取ったが、室内灯が消えていることには気付かず、一度も暗いと感じたことはなかった。それほど水の透明度が高いのである。じゃあ濁っていたら暗いのかと心配する必要はない。そもそも水中視界が10メートルを切る時には、もぐりんは出航しないのだ。ヘリコプターと同じ有視界飛行ならぬ、有視界航行をする船なのである。
 浅く透明な海だから観光ができ、航行もできる。筋の通った船である。

 いよいよ潜水。
 窓の外には、「でいご」の船底が見えている。よく見ると安定用のビルジキールや、船首を左右に貫くバウスラスターなどがあって、感心する。これもただの船ではない。と、その船底がすうっと離れていった。
 ガイドさんが挨拶を始めるが、乗客はそんなものには耳を貸さず、わいわい騒ぎながら海の中を見ているばかりである。報われない職場だ。そういう私も景色そっちのけで、アクリル一枚隔てたコックピットの中を覗きこんでいたのだから、えらそうなことは言えないが。
 速攻で罰があたり、潜行開始時の映像を見逃した。気がついたらもう沈んでいたのだ。甲板上のセイル部分に前方が見えるカメラがあって、波に洗われていく潜行風景が室内のモニターに映る仕組みになっているのだが、きれいに見逃したのだ。しまった、コックピットなんか後から見られるのに。
 悔しいので家族を押しのけて窓から上の海面を見ていたが、今度は潜行速度を計り逃した。これも室内の電光表示板に出るのだが、気がついたら深度30メートルに達していた。とんまなていたらくである。
 ばたばたやっているうちに、もぐりんは悠然と航行を開始する。



たばこが立つ

魚竜巻


 窓の外は、白砂の海底である。長い魚や太い魚や青い魚や黄色い魚がひらひらと泳ぎまわる。今回は魚なんかそっちのけだったので、魚種は一切不明である。
 その魚たちの上に、頭上から小エビが降ってくる。これは、海面で伴走する小船がまき餌をしているのである。魚、大混乱。さながら海中の竜巻のごとし。
 窓を家族に譲って船内の観察を再開。乗る前にもらった雑誌記事のコピーで、もぐりんが揺れないということは知っていた。が、誇張でなくほんとに揺れないのである。試しに窓辺にタバコを立てたら、見事に立った。素晴らしい。
 振動がない点もさることながら、トリムの取り方も見事である。前後左右への傾斜がないのだ。船上で山本さんに聞いたところでは、前後へ9度、左右に5度までの揺れなら大丈夫だそうだが、その程度の傾きもない。これは大変なことである。
 ちょっと詳しく説明する。

 水中のもぐりんは、動力を使わずに中性浮力でもって深度を維持している。船体と乗客の重さを、船室と、前中後の8つのバラストタンクに入れた空気でキャンセルしているのだ。
 これは、動力で静止するよりはるかに難しいことである。縁日の風船を思い浮かべてほしい。買ってきた当初は天井にくっついているそれが、まる一日たてばもう床に転がって、浮かばないようになる。その間、ちょうど部屋の真ん中に浮かんで上がりも下がりもしない、という状態になる期間はどれぐらいか。クリップなどを重りにつけて人工的にその状態を維持しようとしても、なかなかうまくいかないだろう。できなくはないだろうが。
 しかし、もうひとつ条件をつけてみる。風船の口のところでなく、左右にわけて重りをつけ、それでどちらにも傾かないようにしろ、という条件だ。これはほとんど不可能だろう。
 もぐりんはそれをやってのけているのだ。
 潜行前、乗客が乗り込んでから、バラストタンクの微調整が行われる。後部機関室に操作盤があって、3ヶ所のバラストタンクに入れる水を50Kg単位で加減するのだ。浮力は乗客の重さだけではなく、その日の海水密度によっても変わるから、それも勘案する。冬のほうが密度は上がるから、浮きやすくなる。
 さらに客が座る位置を指定する。体重測定はこのためで、これが偏ってもいけないのだ。潜航中は立って歩くことは禁止で、私が前部から後部へ移動したときも、ついてきたガイドさんを機関長の神里さんが追い払ってしまった。後ろへ傾いてしまうからである。
 軍事用の潜水艦などは、何千トンもあるから、人間が動いたってそう傾きはしない。90tの細長い小型船で安定を維持している点がすごいのである。



前・中・後のバラストメーター


 というような大層な仕掛けを微塵も感じさせず、もぐりんは静々と進む。が、私は相変わらず景色など見ちゃいない。
 これからガイドさんのはからいで、コックピットを見せてもらうのである。今までアクリル越しに眺めていたところをじかに見られるのだ。
 もぐりんの頭脳とご対面である。

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