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Rep.12 地球深部探査船「ちきゅう」訪問記
2004.9.9-10搭乗 26日記

写真12-01 ちきゅう (左右反転写真につき、細部は不正確)
 今回、「海底12000メートル」ってタイトルにしようとしたら、とっくに自分が使っていたのでちょっとショック。

 上の写真は、海洋研究開発機構(JAMSTEC、旧海洋科学技術センター)が建造を進めている、「ちきゅう」という船。現在は長崎の造船所で艤装中。例によって宇宙作家クラブつながりでの取材のお誘いを受けたので、行ってまいりました。

 目的地は三菱重工長崎造船所・香焼(こうやぎ)工場。「ちきゅう」は二年前の四月に岡山の三井造船玉野で進水し、同年七月から三菱香焼で艤装を受けている。(進水というのは船の基本的な部分ができあがって航行能力を持ったということで、そのあとミッション機材を取り付けるのが艤装)完成予定は来年四月末。
 この船は簡単に言うと、ドリル船だ。喫水線からの高さ118.4メートルの巨大な櫓を備えていて、海底下の深部地殻をボーリングする。初期は水深2500メートル+7000メートルまで届かせるのだが、最終的に目指すのは水深4000+海底下7000の11000メートルを掘り抜くことを目指す。
 11キロである。11キロも掘って何が楽しいかというと、マントルに届く。ボーリングの深度世界記録はロシア・コラ半島で樹立された12261メートルだが、これは陸上での話で、大陸は地殻が厚いからそれだけ掘ってもマントルに届かない。というよりも、マントルに届かせることを目標にしたら、地殻の薄い海洋を狙うことになり、掘削船建造が決まったという成り行きである。
 マントルの現物は、人類がいまだに見たことも触ったことも食べたこともないものなので、高い価値があるそうだ。
 もちろん、船一隻(それも総トン数57500トンの怪物だ)をわざわざ造ってまで行う計画だから、他にも多くの科学目標がある。(JAMSTEC、地球深部探査センター・CDEXサイトより)

・地球環境変動メカニズムの解明……変動の少ない深海堆積物の成分や構造を調べることで、過去の気候変動の痕跡を見つけ、地球史の理解を深める。また、将来の気候変動を予測する。

・地殻変動過程と地球内物質循環の解明……プレート沈み込み帯を掘ることで巨大地震発生メカニズムを調べる。海底地形の形成過程を調べる。海底火成岩岩石区の成因を調べることで気候変動との関係を解明する。さらにマントルを掘削して海洋地殻全体の成因を解明する。

・地下生物圏と地殻内流体の調査……地殻内には、地表に匹敵する生物量(バイオマス)があると考えられている。そのサンプルを取ることで過去の生物進化の道のりを調べる。また、メタンハイドレートの分布や生成過程も追及する。

 ……等々だが、今「なんだってー!」と叫んだ人、挙手。
 造船所でのレクチャーで、「プレート沈み込み帯を掘ることで巨大地震発生メカニズムを調べる」の説明が出たとき、私は叫んだ。日本沈没でメジャーになった地殻プレート衝突の現場、まさにあそこをぶち抜いて、地殻が「ずるっといく」兆候をつかむことを狙っているというのだ。これが成功すれば、日本沈没にも出てこなかった超先進的な地震予知法ができることになる。かなり野心的な目標だ。(それだから、案内してくださったJAMSTECの方は、あまり目立つ言い方をしていないとおっしゃっていたが)

 かような大計画を小さな所帯でできるわけがない。日本とアメリカ、それにヨーロッパとカナダが噛んだ、統合国際深海掘削計画・IODPが「ちきゅう」建造の背景にある。上記の科学目標はIODPの目標であり、その一方の主役が「ちきゅう」なのである。
 ではもう一方はというと、アメリカの「ライザーレス掘削船」。それに対し「ちきゅう」はライザー掘削船である。
 ライザーって何? というところから、そろそろ「ちきゅう」本体の話になる。以下写真を増やして説明したい。
 ――のだが、今回は、写真を見せて「これすごいよ!」と叫ぶ時に、何がすごいのかを説明するに当たって、必ず科学目標に関係した解説が必要になる。だから文章多めです(^^;
 それとこの船については、一緒に行った方のうちの一人、林譲治さんが、すでに詳しいレポートを公開しておられるので、そこも参照してください。
   各部の細かい特徴などは林さんが書いてくださったので、こちらでは重複しないようなことを書いてみます。


 さて、香焼工場修繕部の事務所でレクチャー受けた我々(宇宙作家クラブとその他いろいろな方々の、総勢20人近い大所帯)は、「ちきゅう」現物へと乗り込んだわけだが、その前、「ちきゅう」に近づいた時の写真がこれ。

写真11-02 鉄骨櫓

 おお、造船所の設備はでかいものだなあ。
 そう思った。思った後で人に指摘されて、「あれがちきゅうかい!」となった。背景の巨大な櫓が船の一部のデリックなのだ。よくもまああんな馬鹿でかいものを船に建てようなどと思ったものだ。
 上にも書いたが、ここで「ちきゅう」のスペックを一通り書いておく。(CDEXサイトより・適宜抜粋)
 全  長  約210m
 型  幅  38.0m
 計画満載喫水  9.2m
 総トン数  約57,500トン
 最大搭載人員  150名
 推進装置  船首部 サイドスラスター  2,550kw × 1
 船首部 アジマススラスター  4,100kw × 3
 船尾部 アジマススラスター  4,100kw × 3
 航海速力  約10ノット
 発電機容量  35,000kW
 主発電機  5,000kW × 6
 補助発電機  2,500kW × 2
 掘削能力
 最大稼働水深  ライザー掘削時  4000m  (但し、第一段階は2500m)
 ライザーレス掘削時  7000m
 ドリルストリング長  12000m  (但し、第一段階は10000m)
 その大きさは、フェリーや護衛艦などでは足元にも及ばない。戦艦大和が七万トン前後なので、一回り小さいだけ。超巨大タンカーほどではないにしても、巨船と呼んでいい。

「ちきゅう」がボーリング船だというのは上に書いたが、ボーリングするために必要なのがデリックである。櫓。
 しかし普通の人はまず、なんで真下を掘るのに櫓が要るのか? と思うだろう。私も思った。そこでこれを見てほしい。

写真11-03 櫓
 これがもっとも基本的なボーリングの形態。
 ボーリングは垂直に行わねばならない(水平ボーリングとか斜坑ボーリングとかいうのもあるが)。ロッド一本分掘ったら、その上に次のロッドをねじ込んで継ぎ足す。この継ぎ足し作業の時、支えるものがいる。それが櫓なのである。
 で、その櫓が「ちきゅう」ではこのサイズになっている。

写真11-04 デリック
「ちきゅう」では、9メートルの掘削ロッドを4本つないで、36メートルを一単位として使用する。36メートルのロッドを自在に取り回そうと思うと、これぐらいばかでかい櫓が必要になってしまうのである。

 ボーリングの目的はコアを採取することである。コアとは地質サンプルのことだ。ケーキにストローを刺すことを思い浮かべてもらいたい。抜くと円筒状のケーキが取れる。それがケーキのコアだ。中身を取り出すとスポンジとかクリームとかイチゴが断面になっている。
 同じように「ちきゅう」でも深部地殻のコアを取る。しかし相手が深すぎて一筋縄ではいかない。まず岩盤を掘ると削りくずが出て邪魔になる。削りくずを排除しなければいけない。
 目的の層に到達するまでは、ロッドの中心から水を流しこんでこの削りくずを排除する。ロッドの先から押し出された水はロッドの外側を通って上昇し、穴の入り口で外へ噴きだす。砕かれた削りくずも一緒に出てくるという寸法である。
 水を流しこみ、排水を海底に放出しながら掘り進む工法をライザーレス掘削という。海底から2000mくらいの深度までなら、このライザーレス掘削でなんとかいける。

 しかしもっと深くなると問題が生じてくる。
 岩盤は海水より重い。深さを増すと、地層圧(岩盤の重さ)が穴底での水圧を上回るようになる。上から単に水を流し込んでも入っていかなくなるのだ。それだけでなく、穴の中に地下水やガスが噴出して穴が崩れてしまう。
 そこで、ただの水ではなく、重い泥水を用いる。しかしものには程度があって、あまり重い泥水を使うと、今度は逆に穴から地層へと染み出して逃げてしまう。「逸泥」という現象である。
 だから泥水は粘性や比重などを注意深く調整しなければならない。これはその場の工夫で作るようなものではなく、それ専門の販売会社があるほど奥の深い代物である。名前も「どろみず」ではなく「でいすい」と読み、値段はコーラよりも高い。
 そのありがたい泥水ならば、地層圧にも負けずロッド先から出ていくのだが、そこまでしたものを海底に放出するのはもったいない。環境汚染にもなって好ましくない。
 そこで――ようやく――「ライザー」が登場する。

 ライザーの実物写真を載せられればいいのだが、あいにく「ちきゅう」にはまだ搭載されていなかった。だからまだ文章が続く。
 ライザー(Riser)とは、船底から海底まで、ロッドをすっぽりと覆うカバーのことである。継ぎ目は完全密閉されていて水は漏れない。この状態で泥水を流すとどうなるか。
 ロッドを通って降りていった泥水が、ライザーを通って船まで戻ってくる。
 泥水を循環使用できるということだ。周りの海水も汚染しない。
 というより、泥水を使用しようとした時点でライザーが必要になる。ノンライザー方式では海水掘りが普通だからだ。
 このライザー掘削が、「ちきゅう」が採用した工法である。ノンライザー方式では不可能な深度まで掘ることができる。

 ずいぶん長々と説明したが、ここまで書かないと「ちきゅう」がどんな代物か、わかってもらえないと思ったのだ。まずマントルを掘るという要求があり、そのために海底掘削が選ばれ、海底で深く掘るためにライザー掘削という工法が選ばれ、ライザー掘削をするための船を造ったら「ちきゅう」ができちゃった、というのが事の成り行きだ。
 このように、ライザー掘削とは何かという視点から説明していくと、どんどんどんどん書くべきことが増えるのだが、その辺はもう疲れるからはしょる。今回お世話になった西村一さんが詳しい説明をしてくださっているから、そちらを見てほしい。なんだそっちのほうがずっとよくわかる、と皆さんおっしゃると思うが、まあ、なんだ、この遊水池は私の勉強用覚え書きページでもあるので、その辺はご勘弁。
 ライザー掘削についてもう一点、私が触れておきたいことがある。それはブローアウトという現象だ。西村さんのところでも触れられているが、掘削を続けるドリルが石油層やガス層に当たるとガスが噴出してくる。これがブローアウトだ。
 ブローアウト対策として、「ちきゅう」は様々な手段を用意している。まずそれが起こらないように、ライザーで戻ってくる泥水や気体の成分を常時監視する。ライザー上端にはダイバーターという気体逃がし弁もある。また、海底の穴の口のところに、BOPと呼ばれる暴噴防止装置を据えつける。380トンもある重くて大きな箱で、いくつもの安全弁を備えており、いざという時には油圧でロッドを切断するシアーラムという機構までついている。

写真11-05 Blow Out Preventer

 切断というと、なんだか土壇場における最後の切り札のようだが、ライザー掘削時におけるBOPのロッド切断は、わりと早い段階で決断される。そうしなければ危険だからだし、そうしても海底に残された設備は無駄にならないからだ。ロッド切断後も、BOP下の孔内ロッドはぶら下げ状態で保たれ、ホースでライザーとつながっている。これは暴噴が収まってから再結合できるので、無駄になるのはライザーを循環中だった泥水だけである。――だからロッド切断は、泥水を海底にぶちまけざるをえない危険かどうか、というラインで判断される。

 また、ロッド切断は退避ではない。切断後も前述のホースで泥水を流せるので、これで孔内圧力を制御して暴噴を抑え込む努力がなされる。ぶら下がっている何千メートルものライザーの下端をぶった切ることによって、上端が船上に飛び出すライザー・リコイリングという現象も起こるのだが、これにもアンチリコイリング機構があって対処できる。
 しかし、最悪の事態というものは起こりうる。抑えのつもりで流し込んだ泥水が逸泥を起こし、かえって孔内圧力が下がってしまうこともある。そうなると、いよいよ最後の手段をとることになる。――推力全開でライザーの上部を引きちぎって、船ごと逃げるのだ。
 それが間に合わなければ船上にガスが噴出してブローアウトとなり、場合によっては死者が出る。
 ブローアウトの威力は凄まじい。「ちきゅう」を歩いていると随所にブローアウト対策が見られた。一例を挙げると、林さんの写真だが、ここに映っている鳥カゴ様のもの。これは、ドリルのオペレータールームをブローアウトから守るためのものである。
 船全体の緊急時対策に占める、ブローアウト対策の割合はかなり高く、素人の私にはそれがかなり印象に残った。

   私は最初、このブローアウトがどうしても納得できなかった。いくら海底ガスの噴出といっても、たかだか直径数十センチの穴から湧いて来るだけのはずだ。
 ガスがBOPを通過してから船上でブローアウトが起こるまでは、数分のオーダー。ライザー投棄も可能なことだし、それはそんなに恐ろしい現象なのだろうか?
 そのことを案内の方に尋ねたところ、恐ろしい現象なのだ、とうなずかれた。滅多にないんでしょうと訊くと、いえよくあります、とのこと。
 で、帰ってググってみたら、こんなページがあった。そこでわかったのは、私が世界全体での地下掘削件数の数を少なく思いすぎていたこと。
 よくあるというのは、一隻の船がしばしばそれを起こすという意味ではなく、こういう作業を行っている場所がたくさんあるという意味だったようだ。
 
 なんだかひたすらブローアウトの恐ろしさを煽るような文章になってしまったので、面白い方面に戻すことにする。
 次の写真はこれ。


写真11-07 アジマス・スラスタ
 なんだかわかるまい。船に大きな縦井戸があって、その中に直方体の機械が吊り下げられている。
 これ、スクリューである。
 この船にはメインスクリューというものがない。前部に三つ、後部に一つ、こういう160トンの直方体ユニットがぶら下げられていて、その底に360度旋回式のスクリューがついている。それをアジマス・スラスタと称するのである。(後部にはさらに二基、ちょっと高い位置に上下動しないアジマスがある)
 この船は深海底にパイプを刺す。北海油田などの浅い海では、パイプを刺すとき錨をいくつか下ろして位置を保持するのだが、この船の作業海域では錨なんぞ届かない。船自身が位置を保たなければならない。そのためにこういうものを装備している。コンピューター制御で、たった二人の作業員が操作する。(ダイナミック・ポジショニング・システムとそのオペレーター、略してDPオペレーターというのが、いわゆる操舵士である)。
 そのユニットが吊り下げ式になっているのも、こういった船型リグの特徴である。いま船型リグと書いたが、「ちきゅう」はそう表現される構造物の一種である。つまり櫓を乗っけた船、ではなくて、船を従えた櫓、なのだ。櫓が本体。びっくり。
 で、櫓が本体である以上、船として大海原を走り回ることなんぞ二の次である。どういう意味かというと、いったん腰をすえて掘削を始めたら、推進器が壊れたからといって港へ戻るわけにはいかないし、戻らない。その場でなんとかする。つまり、推進器ごと交換する。――そのために、アジマス・ユニットは吊り下げ式になっているのだ。クレーンでもって上から丸ごと引き抜いて交換するのである。

 しかしながら、「ちきゅう」ではそれが大きすぎるのが困りものだという。交換には大型クレーン船が必要で金がかかる。港に入るときは、海底にこすらないようにやっぱり持ち上げるのだが、それも毎回うまくいくかどうかわからない。
 そんなアヤはあるが、この巨船が、いわばアタッチメントのおまけスクリューでもって動くというのは、逆説的に痛快ではないか。こう、船乗りのロマンが土木屋の都合でぶち壊しになっているようで。(そんなことを喜ぶのは私だけかしらん……)

 話は全然変わって、船内の写真。

 
写真11-08 除染シャワー
 これは研究室に何ヵ所かあったもの。レバーを引くと天井と両目用のシャワーから水が出る。以前、護衛艦「まつゆき」で見たものより、だいぶおしゃれ。
 もし、採取されたコアから、地下一万メートルの怪生物や有毒物質が研究者に噴きかかったらどうすればいいか? これを使うのである。もっとも、怪生物に関しては心配ない、と聞いた。むしろ、そんな環境から微生物を引き上げてくると簡単に死んでしまうので、殺さず調べるほうが大変だとのことだった。

 この深部微生物の件、実は私個人としてはかなり得点が高い。「ちきゅう」の任務の中で私が興味を持った順にいうと、一番がプレート滑り地帯調査で、二番手にこれが来ている。三番目がマントル採取で四番目がメタンハイドレート他のエネルギー資源。後略。
 なぜかというと、ちょっと前に岐阜県の東濃鉱山を訪れて、深部地下微生物について教わったから。そこの実験室の管理者が「深海生物学への招待」という本を書いた長沼毅という方なのだが、この研究の示すところを乱暴に要約すると、地下数キロの岩の中にも微生物がいる。
 もっと乱暴に言うと、「生物がいない環境を探すほうが難しい」。――実際の調査で明らかになった事実である。高圧高温で有機物の見当たらない岩の中にも、摂氏300度に達する深海の熱水噴出孔周辺にも、呆れたことに生物がいるのである。
 その延長線上に、「ちきゅう」が見つけるかもしれない、大深度地下の微生物がいる。
 それがなぜ面白いのか? ――ふふふふ、まだわからんか。
 そこまで苛酷な環境にも生物がいるのならば、広い宇宙を探せば簡単に地球外生物が見つかってしまうかもしれないではないか。深海や地下よりも優しい(ちょっと間違った表現だが)環境は、太陽系内だけに限ってもたくさんある。エウロパの氷海しかり、火星の地下しかり。
「ちきゅう」の調査結果いかんによっては、そういった地球外生物の存在にも希望が持てるかもしれないのだ。

 話が逸れてしまった。
「ちきゅう」の生物研究部門としては、地下環境から回収した生物を生かすことに苦心することになる。遺伝子片さえ手に入れば、PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法・狂牛病判定にも用いられている高感度のDNA増幅法)でもって分析できるのだが、単離培養しなければ学会に信用してもらえなさそうで、つらいのだそうだ。しかしそういう極限環境微生物は9割以上が培養不可能だとか……。
 逆に、その手の微生物の病原性遺伝子を、たとえば隣のラボで飼っている大腸菌で知らないうちに使ってしまったらどうしよう、という心配もあると聞いた。ハリウッド的にはそっちのほうが面白い展開になりそうだが、私としては素直に、物凄く狭くて物凄くひもじい環境下で生きている微生物が発見されることを、祈ることにする。


 船内設備などに関しても、林さんのところでたくさん紹介されているので、ここで書くことがあまりない。一番おもしろかったところの写真を、あと一つ出しておく。


写真11-09 ハイドラ・ラッカー
 ハイドラ・ラッカーというのは、ノルウェーのHydralift社が造った機械の商品名。写真の黄色い縦棒がそのラッカーである。この辺のいろいろと、船の前後にある黄色いクレーンがハイドラリフト社製。
 で、そのラッカーの仕事だが、ドリルパイプの取り回しである。
 ボーリングに使うドリルパイプやライザーやケーシングは何本かセットにされて、上で書いたように最長36メートルもの長さになっている。これを次々と連結して下へ伸ばすわけだが、いちいち一本ずつクレーンで吊って旋回させて、とやっていると危ないし非能率だ。だからこのハイドラ・ラッカーで横から抱きつかせて、ラッカーごと移動させるのである。
 驚いたのはその作業ペース。最も速いパイプの回収時(ドリル刃の交換だとか)だと、4000メートルを6時間であげたという。これは一時間当たり18.5組のパイプを、外して置いて、外して置いて、外して置いて、とやった勘定になる。
 この高さ40メートルになんなんとする機械が、三分に一回のサイクルでがしゃんごとんと動くのである。見たいなあ、と叫んだものだった。
 今回の見学時は、作業中だとかでデリック本体には近づけず、ハイドラ・ラッカーの作動も見られなかった。残念である。


 さて、今回のレポートはこの辺で切り上げる。応対に当たってくださったJAMSTECの方々と三菱重工の方々は、ずいぶん雰囲気が違った――施主と請負業者という力関係の違いや、運用者と生産者という立場の違いがあるから――けれど、どの方も、とても気持ちのいい人たちだった。こちらの質問に包み隠すことなくがんがん答えていただけて、とてもクリアな印象だった。
 ただ、気になっていることは一つある。この船の建造費は560億円で、運航費が年に100億ほどになるという。それが税金で出ていることである。
 立派な船だ、素晴らしい計画だ、という理由で、手放しで褒め称えるのはよくないだろう。私は前から、ビッグサイエンスプロジェクトをあちこち見て回って、どこでも素直に感心していたが、最近はこういうすれた感想も抱くようになってしまった。歳を取ったものだ。
 それで、対費用効果という観点から見ると、この船とこの計画は、かなり納税者の了解を取るのが難しい位置にあると思う。私個人としては感動したが、一万二千メートルの穴を掘ります! とそこらのおじさんおばさんに訴えても、だから何、で済まされそうな気がする。
 だから(ロケットでも核融合炉でもそうだが)、その成果をちゃんとみんなに教えなければいけない。
 そういうことまで最前線で働いている研究者に押し付けるのは、ちょっと無理がある。伝手もなければ時間もない。これは、そういう計画を承認し推進したもっと上層部の仕事である。やるとハンコを押した以上はそこまでやらなきゃ意味がない。大きな箱物を作っておいてあとは知らん、ではいけない。
 私としては、ことがそのように流れるのを望んでいる。短期的なお金儲けにはつながらないけれど、長期的なエネルギー政策や人類智に貢献するのがこの計画だ、なんら後ろめたいことはないのだ、と政治のレベルで説明されると嬉しい。
 それはちょっと高望みかなという気もするのだけど、少なくとも「ちきゅう」で会った前線指揮官の方々には、そういう気概があった。これからも活躍されるといいと思う。


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