第2遊水池 CJ4レポート
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〜ドア一枚の攻防〜


西暦2000年11月3〜5日









 のっけから出したこの4枚の画像が、宇宙人からのメッセージである。
 西暦2050年、人類は太陽系空間に進出し、月に1400万人、火星に4000万人の植民を行って、活発な活動を続けていた。
 そこへやってきたのがこの信号だ。
 信号は、光の点滅によるデジタル符号として送られてきた。長さは1817ビット。これは素数の23と79の積になり、二次元の画像をあらわすものだと思われた。縦横23と79のマス目を信号にしたがって埋めたのが、上の図である。明らかに天然の信号ではない。
 発信地点は、オールト雲の中。約1光年の距離で太陽系を覆っている球状の雲で、彗星のふるさとと言われている地帯である。宇宙の広さから見れば、ほとんど玄関ドアの向こう側にも等しいが、人類の宇宙機はいまだこの空域に達していない。通信は地球外知性の手になるものと断定された。
 問題なのは、その発信方法である。分析により、光の点滅はなんと、核融合放射光の断続であることが明らかになった。核融合、それも1光年先まで光が届くほどの高出力反応といえば、宇宙船の推進機関だとしか考えられない。強力なエンジンを持つ宇宙船が、太陽系の玄関先までやってきているのだ。
 国連はETCEC(国連異星文化交流会議)を作って、この問題への対処にあたることにした。

 という設定が、地球人全員に与えられた。
 以後の行動は、チーム別になる。私たち地球人Cチームの12人は、研修所の一室にこもって、討論を開始した。
 以後、こちらの行動と、まだ見ぬ異星人側の行動が錯綜するので、ちょっとレポートの形式を変える。地球人側は黒、異星人側は背景色として、相手の行動がわからないようにしたい。知りたいときはマウスでつーっとドラッグすると、相手の行動が反転色で浮かびあがる。全部いっぺんに見たいときは、メニューバーで編集→すべて選択を選んでから流し読みするのがよろしい。
 さて、第1回の地球人の行動である。

AD2052 地球人

 分科会の部屋に入った私たちは、4つの通信文を前にして頭を悩ませた。
 一見して最も分かりやすそうなのは、第1のメッセージだ。左上にいるのはどう見ても異星人である。下に横一列になっているのは、ほぼ間違いなく星系。右端の傾斜しているのはオールト雲だろう。
 だが、異星人の絵はふたつあって、ふたつ目がなんだかわからない。側面図だろうか。星系の絵も、数こそ太陽系と同じだが、惑星の大きさが微妙に異なる。
 そして、異星人の左足(?)が、第2惑星と思われるものに乗っかっているのも謎だ。これは、自分たちの来た星を表しているのか、それとも太陽系の金星を侵略するという意味なのか。
 第2、第3のメッセージについては、比較的簡単に合意ができた。三択クイズだろう、というものである。第2は、2+3の答えを聞いている。第3は、1+6+2の答えを聞いている。下の三つの枠の1番から3番の答えのうち正しいものを選べばいいのだ。

 最悪なのが第4メッセージで、まさに喧々諤々というのにふさわしい議論になった。私は、これは太陽系の惑星について何か聞いているのではないかと思った。枠の中の図形、縦線のようなものが9本ある。途切れたところが数値を表すのでは、つまり、縦棒の並ぶ棒グラフではないか。おそらく、9つの惑星の気温や気圧などを聞いているのだ。
 ところが、これは遺伝子なのではないかという声が出た。なるほど言われてみればDNAの構造に似ていなくもない。だが、姿どころか構成分子さえ一緒かどうかも分からない異星人が、遺伝子のことを知っているのはおかしくないか?
 遺伝子にしろ惑星配列にしろ、それで何を言いたいのかもさっぱり分からない。一体どう返事をしたものか。
 とりあえず、返事を出すということは満場一致で決定した。内容は、第1メッセージの生物の絵を人間に差し替えたものがひとつ。第2、第3のメッセージにマルペケをつけて、正解を答えることがひとつ。同時に、マルが正、ペケが誤であることも教える。
 第4のメッセージについては、どうしようもないので、下の枠3つに三角を付けて送ることにした。疑問符の意味で使ったのだが、これが通じるかどうかはわからない。
 また、送信方法は、並のライトや照明では遠すぎて届かないので、太陽の真上に巨大な反射鏡を浮かべてそれで光を送る方法を取った。同時に、高速で通過するものと相手の位置で停止するもの、2種の航路を取る無人探査機を送り出すことも決定した。
 初期設定では、2050年から通信を受け取り始め、2052年までに第4のメッセージが送られてきたことになっている。だから、行動は2052年からである。即返信して、さらに即返事があったとしても、相手は1光年先だから、手応えがあるのは2054年。
 それまで待つしかない。

AD2053 地球人

 直接接触に備えて、有人宇宙船の建造を始める。また、太陽系から飛び立つ宇宙船の図を送って、星系外で会いたいとの意思を伝えることにした。
 今回は、前のCJ3に比べてずいぶん設定が簡単になっているという話だが、この決定も、バイザーにちょこちょこっと相談しただけで行われた。設定担当者の野尻氏が、LTAという不思議な浮遊物質を考案することで、地球から宇宙へ出るコストをほぼゼロに引き下げ、内惑星空域は完全に支配下に収めているという、ものすごく楽観的な設定を作ってくれたおかげである。
 今からたった半世紀で、火星に4千万もの人口が移っているというのは、とんでもない設定だが、その辺はまあいい。現実には2200年ぐらいのことだとすればよろしい。
 さて、異星人からの第4メッセージを私たちは棚上げにしていたわけだが、それについてなおもわいわい討論していると、バイザーがにやにや笑いながらやってきて、妙なことを言った。
 まだ光りつづけていた異星人の発光体が、23日間いなくなり、その後また現れた。詳細な観測によると、23日間の減光は、光源である核融合機関をどこかよそに向けたためらしい。
 はて、何か意味があるのだろうか。こちらから送った通信はまだ着いていないはずだから、レスポンスではないだろう。
 私たちが首をかしげていると、続けてバイザーは爆弾を落とした。
 相手は再び信号をこちらに送りつづけているが、ドップラーシフトその他の観測によって、ある事実がわかった。0.1光速で太陽系に向かって接近してきている。
 つまり23日間のそっぽ向きは、エンジンを加速に使っていたのだ。
 なんだとう! てなもんである。こちらの返事も届かないうちから動き出すとは、なんと気の短い宇宙人か。
 この時点で私たちの胸に、災いの芽が芽生えた。相手は短気で勝手な異星人であるという思いこみができたのだ。それは着々と成長し、謎の第4メッセージのことともあいまって、その後のコンタクトをねじまげてしまうことになる。

 0.1光速だと、相手は10年後に太陽系に到着する。2062年だ。それまでに手を打たねばならない。
 通過型の探査機は、相手が動いたためにあさっての方向に飛んで行ってしまうことになった。停止型の探査機は減速用の推進剤を積んでいるので、それを使って軌道変更、相手のそばを通り過ぎることにする。
 相手は、一体どういう了見なのか?

AD2052 異星人

 地球人側をさんざん悩ませた4つのメッセージ。
 四つめのものを除いて、異星人側ではこれを、えらく簡単なものと考えていたようである。
 最初のメッセージは、ずばり異星人たちの故郷の恒星系を表していた。太陽系と混同しないかという意見もあったらしいが、地球人たちが周辺の恒星系を観測すれば、惑星の大きさなどがぴったり一致する星系を発見するはずだから、間違えようがない、と結論したのだ。
 ところが地球側は、そんな観測など思いつきもせず、後々まで第1メッセージの謎について思い巡らしたのである。交通標語じゃないが、「だろう」は禁物、「かもしれない」で考えないといけない。ほんとに、同じ人類ですらこれほどのすれ違いができるのである。

 また、2052年の無断出発についても、言い分があった。彼らは2050年につくよう、言いかえれば2049年から通信を送っている。信号の往復に2年は必要だが、2052年までには3年あり、まるまる1年考える時間があったはずである。
 なのに返信がない以上は、接近して調査しなければいけない。
 こういう判断だった。つまりどういうことかというと、スタッフ判断により、異星人たちは地球人チームが2052年から活動を始めたことを知らされていなかったのである。決して返事を待たずに動き出したわけではなかったのだ。
 コンタクトを引き締めるためにスタッフの調整が入ったわけだが、これが後の禍根となってしまうのである。

AD2054 地球人

 それまで無愛想に同じメッセージを送ってくるだけだった異星人が、初めて変わった情報をよこしてきた。
 元素の周期律表、DNAのアデニン・シトシン・グアニン・チミンの分子構造図、二重螺旋図、そして第4メッセージの中の図形に対応する分子構造図である。(ほんとにそういうものを向こうが書いてきたわけではなく、実際には、「分子構造図」と名前だけ書いてきたわけだが)
 第4メッセージが遺伝子に関係していることは、これで確定した。
 したのだが、だからなんなんだ。再び上の第4図を見てほしいが、これが遺伝子関係だとわかったところで、質問の意図はさっぱりなのである。
 仕方がないので、今度は第4図の上半分に、でかでかと三角を入れて返事を出すことになった。

AD2053 異星人

 結論から言うと、これも単純な三択だったのだ。
 第4図は、上の遺伝子に対して、下の三つの中からどれを選ぶか、という質問だった。異星人たちは三角ばかり送ってくる地球人に対して、こんな問題がわからないとはなんと頭の悪いやつらか、と思っていたらしい。
 しかし、思うか? 遺伝子の図であり、三択だと分かったところで、三つの選択肢がどんな条件を表しているのか、地球人に分かりようがなかったのである。答えを知っているばかりに、異星人はそれを簡単なものだと思いこんだ。
 だからコンタクトは難しいのだ。


 このままではらちがあかないので、彼らはより直接的なメッセージを送りこんだ。しかし、それすらも誤解されてしまうのである。
 
AD2054 地球人

 質問を送ったものの、地球人は焦燥感に駆られていた。前回CJ3参加者の経験から、このペースだと直接会談に至らず終わってしまう可能性が高いと思われたからである。
 禅問答ではあるまいし、ちんたら絵文字などを送っていては、コミュニケーションが成り立たない。そこでいっそ、論理的に構築された人工言語を使って一気に意思の疎通を図り、あわせて大量の質問も送りつけてしまおう、という提案がなされた。
 バイザー判断により人工言語は了承され、質問の選定が始まった。
・出身星系はどこか。
・目的はなにか。
・1隻か。
・生物学的特徴は。
・船だとして、乗員は何名か。
 などなど。

 最初から根強くあった意見として、相手が敵性なのではないかという疑惑があった。そうでないとは誰も言えないのである。悪意がなくても、ウイルスのように寄生するタイプかもしれないし、また、嘘をつくということも考えられる。そんな相手と馬鹿正直にコンタクトするのは自殺行為だ。地球が本拠地であることを教えることすら、軍事的に見ればマイナスになる。
 疑っていてはきりがないので、見切り発車的に言語コンタクトをしようということになったが、あとから考えれば、どうせ信じるならとことん信じればよかったのだ。疑心暗鬼ほどよくないものはない。

 上の質問を送信したわずか一ヵ月後、新たなメッセージが届いた。これが波紋を広げる。
 ひとつは、三つの枠が並んだ図。どの枠にも、衛星を従えた星が書かれていて、どうやら地球のことらしい。その上に左から順に、人間だけ、人間と異星人、異星人だけ、3種の絵が書き添えてある。一番右の異星人だけが立つ枠には、さらにバツ印が書かれていた。
 もう一枚は、2053年に送った会合地図の返信らしい。太陽系図のはしで、出かけていった地球人と異星人がランデブーしている。しかし、そこにはバツ印が書いてあるのだ。そして、並んだ9つの惑星の下にも、バツとマルがあった。
 地球、木星、土星、天王星、海王星がマル。あとはバツ。

 なんなのだ、これは。特に2枚目。
 1枚目は、侵略の意思がないことを表す図柄だと思われるからまだいい。私たちだけで地球に居住しようとは思いませんよ、という意味だろう。
 しかし2枚目は? せめて地球がバツなら、ガス惑星を求めているとわかる。だが、地球オッケー木星オッケーというのは、一体何を共通点にしているのか。いや、そもそも彼らはマルが正だとは思っていなくて、逆に水、金、火、冥ならオッケーと伝えているのだろうか。だとしたら太陽系外で出会うのもオッケーなのか?

 謎は謎を呼びつつ、ここで1日目は時間切れになったのだった。

AD2053 異星人

 これも、実は至って簡単なメッセージだった。
 1枚目の図は、一緒に住んでもいいですかという質問。またしても三択だったのが、やや書式が違っていたため、地球側はこれを質問だと思わず、黙殺してしまった。ために、返事をしない地球人に対して、異星人の悪感情がまた増えた。
 2枚目の図も簡単で、会うなら木星から海王星、住むのは地球という提案だった。ランデブー場所バツをつけたのは、単に推進剤がなかったため。
 これに限らず、だいたい異星人側のほうが素直かつ理性的に、考えたり動いたりしていたようである。対して人間は怖がったり脅したりで、大人の対応ができたとは言いがたかった。
 ただ、それにはわけがある。地球側は言ってみれば「地」でやっている。多種多様な個人のままである。しかし、異星人側は設定書にある異星人のメンタリティーを忠実に再現するよう、気を付けながら行動している。そして設定書にある行動規範は、基本的にコンタクトが成立するように書かれているのである。
 つまり、最初から異星人たちのほうがやる気があるのである。
 これは、地球人同士でやるコンタクトの限界だから仕方がない。もともとどっちが勝った負けたというゲームでもない。コンタクトが成立しても失敗してもいいのだ。その過程を吟味するのが目的だから。

 そうは言っても、やはり会いたいのが人情。それは異星人側とて変わりはない。
 果たして、地球人と異星人は無事に対面できるのだろうか。

(西暦2000年11月9日記)

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