第2遊水池 CJ4レポート
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異星文化交流シミュレーション
コンタクト・ジャパン4体験記
後編
〜分かってみればいい奴なのに〜


西暦2000年11月3〜5日




 上のイラストが、2055年8月、地球に送られてきた異星人の姿である。
 彼ら自身が名乗った名前は「アヒスト」。大きさは120センチほど。雌雄がある。魚から進化した二足歩行生物であり、酸素を呼吸し、地球人とほぼ同じ気温、やや高い気圧で生きている。
 頭部の目鼻のように見える四つのものは、すべて光学器官、つまり目である。その下のV字が空気と液体の摂取口であり、食物は胸部の縦長の裂け目から取る。排泄口はなく、食物は肋骨で噛み砕いて消化した後、同じ裂け目から排出する。
 顎がないので、耳の部分が発達せず、音はほとんど聞くことができない。発声器官もなく、コミュニケーションは手をふりまわして行う。
 寿命は地球年に換算して40年で、卵生である。

 とまあこのような異星人が、地球人のコンタクト相手なのだった。グロテスク? いや、私は意外に可愛いと思ったが。手も足も顔もちゃんとわかる。
 考えてもみてほしい。地球上には、クラゲだとか毛虫だとか、もっとお食事の妨げになるような連中がうじょうじょいるのだ。それに比べたら、このアヒストたちを見ていると食欲が増すぐらいである。もものところなんかカラ揚げにしたらおいしそうだ。
 いやいや、食べてはいけない。我々地球人は、これから彼等に会って交流しなければならないのだから。
 しかしこれがまた、苦難の道のりで……

AD2054-2055 地球人

 2日目の第1回行動。止まってくれない相手に対して、私たちは土星衛星上でのコンタクトを提案した。理由はいくつかある。
 まず第一に、水金地火などの内惑星近傍には踏み入らせたくなかったため。今回は発見地点がわずか1光年先、しかもどんどん近づいてくるというので、地球人側の警戒心が異常に高かった。誰だって見知らぬ他人に庭に入って来られるのはいやである。
 だが、あまり遠いところに会談場所を設定すると、コンタクトを仕切るETCEC本部からの指令が間に合わなくなる恐れがある。そこで、本部を木星に置いた上で、ひとつ外側の土星の衛星上に会談場所を設定したのだ。
 じきに返って来た返事で、土星でのコンタクトは了承される。ひとまず私たちは胸をなでおろす。

 そんなところへ、初日の最後に送った質問の返答が返って来た。それが、上の画像とデータである。他にこんな解答もついていた。

・故郷はうみへび座ベータ2である。
・目的は知的な生命体との共存。
・船は1隻、乗員は20名。

 だが、その中にあった一項に、我々は目を疑った。
・繁殖方法は卵生。一生に12回卵を産み、1度の産卵数は6個。
 では一生に72個? 40年でそんなに増えるのか?
 私たちの脳裏に、凄まじい繁殖力で惑星の表面をあっという間に覆ってしまう侵略者の姿が浮かんだ。こうなるともう目先しか見えなくなる。目的が「共存」という曖昧な表現であることも怪しい。彼らの言う共存が本当に平和的な意味かどうか。乗員が20名というのも少なすぎる。成体が20名というだけで、実は何百万個もの卵を積んでいるのではないか。
 そして、うみへび座ベータ2だ。バイザーの説明によれば、これは黄道面の南方向にある。しかし、彼らの船は反対の北側の、グルームブリッジ1618の方向から現れたことがわかっていた。出発点を偽っているか、さもなければ途中どこかよそへ寄港して、本星を隠している。そのことについての説明がないのが、疑惑を強化した。
 彼らを地球に降ろしてはならない。
 それが、私たちのチームの一致した結論だった。

 もうひとつ、同時に送信されてきた質問があった。
「社会の進化と個人の遺伝子の関係について述べよ」
 最初の第4メッセージについての説明もないまま、また遺伝子である。なんだってこう遺伝子にこだわるのか。同じ通信の中では、国家間のお家騒動の歴史があるかどうか、なんて妙なことまで聞かれていた。
 そのしつこさに、我々は警戒する。どうも彼らにとって、遺伝子に関することはおそろしく重要な意味があるらしい。うかつに答えると、やばいのではないか。
 どうやばいかはわからない。触らぬ神にたたりなしとばかりに、私たちは「質問の意味がわかりません」という、まことに無難な返答を返したのだった。

AD2056 地球人 

 通過偵察に出かけた無人機からの画像が届く。直径約1キロの車輪状で、中心軸がエンジンだと思われる。いわゆるスタンフォード・トーラス型の宇宙ステーションを船として用いているらしい。とりあえず、何百万人も乗っているわけではなさそうだが、卵に関する疑惑は晴れない。
 第4メッセージについての質問をさらに送ると、それについてはもういいから社会と遺伝子の関係を教えろ、と執拗な返答が来る。いよいよもって遺伝子問題は怪しいが、どうしたものか判断しかねる。

 そんな時、バイザーがまた妙なことを言い出した。
 太陽系内を観測中のスペースガードが、未知の電波通信をキャッチした。それはカシオペア座ミューの方角からのもので、分析の結果、アヒストたちと同じ形式で、ドット絵の画像を表していることがわかった。
 説明を聞くうちに我々は驚愕する。
 内容は、まず一番最初のアヒストメッセージとまったく同じものがひと組。
 続いて、一見同じようだが、生物の図が差しかえられた物がひと組。蛙に羽が生えたような生き物の図である。
 第2、第3、第4のメッセージに付いては、三択のうちひとつだけが残されて残り二択は空欄となっていた。
 その次が3枚の画像である。
1.星系図。蛙生物の母星らしい。オールト雲のあたりに、車輪型の何かがいる。
2.同じ図。しかし、車輪は消え、変わりに数個のドットが内惑星に近づいている。
3.同じ図。数個のドットは、「惑星のひとつにぶつかっているように見える」
 図のあとには短い単語が繰り返されていた。言葉が違っても、そういう表現は地球にもある。「Caution! Caution! Caution!」あるいは、「危険! 危険! 危険!」
 学者の分析の結果、これは別の異星人による警告だという結論が出る。つまり、蛙星人たちのように三択問題に答えると、車輪型の船に乗った連中が、オールト雲から持ってきた彗星を惑星に落っことしていく――。
 地球人コンタクト本部に激震が走る。

 直後、アヒストたちからの質問がまたしても飛びこんでくる。

・以下の個体を大切にする度合いを、自分を百として答えてください。
 自分、自分の子供、他人、他人の子供、アヒスト、アヒストの子供、etc……。

 まずい、また遺伝子問題だ。どうやら彼らは、社会の仕組みを血縁によって決めるかどうかで、他星人を判断しようとしているらしい。おそらく彼らは、血縁関係によって国家を形成する、部族主義の異星人なのではないか?
 選択肢は三つだ。我々の社会は血縁を重視している、血縁を重視しない、または無視。
 おそらくそれが、第4メッセージの三択に関係しているのだろう。蛙星人たちが答えに失敗して彗星を落っことされたところから見ると、この問題の返答はきわめて重要だ。
 しかし、ここにいたっても選択肢の意味がわからない。地球人チームはすでに泣きが入り、「もう会わなくていいから帰ってくれ」という意見まで出る始末。
 鳩首会議の結果、ほとんど反則のような返事が作成された。アヒストに対して、あなたがた自身は第4メッセージにどう答えるか、と聞いたのである。

AD2056 異星人

 遺伝子、それはアヒストたちの社会に重大な影響を及ぼしていた。地球人たちの読みの通りである。
 ただし、そこから先はまったく逆だった。彼らは部族主義ではなく、逆に血縁関係を強烈に嫌悪する種族だったのだ。
 アヒストたちの社会は、以前、血縁関係による独裁体制の政治で、一度滅亡寸前のところまで行った。その後、政体から血統をしりぞけることによって復興したのである。
 また、こういう思惑もある。他星の知性体と接触するとき、彼らが遺伝関係を重視しない種族ならば、遺伝的つながりがまったくないアヒストに対しても寛容だろう。身内をかばう種族だったら、アヒストが排斥される恐れもある。そんな相手とは付き合うべきではない。
 この考えが、アヒストの異性接触規定の中核にあった。第4メッセージの三択は左から、
1.自分(上の枠の左)と遺伝子的に似た知性を選ぶ。
2.自分と遺伝子的に異なる知性を選ぶ。
3.遺伝子は考慮外。
 という意味だった。1は血縁重視の種族、2は遺伝子が存在しない種族であり、どちらもアヒストとは相容れない。遺伝子以外の要因による関係こそ、彼らが望むコンタクトだったのだ。
 だから彼らは、とにかく地球人から遺伝子についての考えを引き出さないことには、身動きできなかったのである。

 しかしながらアヒストは、地球人が蛙星人からメッセージを受け取っていたことをまったく知らなかった。彼らは電波を嫌い、光のみを通信手段として用いている。だから、蛙星人からの電波通信を直接傍受することもなかった。
 地球人が彗星を恐れて、第4メッセージに答えられないでいることが、アヒストにはわからなかったのだ。なんではぐらかすんだろうなあ、と不信感ばかり募らせていたのである。


AD2057 地球人

 アヒスト自身の答えを聞いた第4メッセージが、まず地球人から答えろ、と突っ返されてくる。教師自身にカンニングを頼んで、怒られた生徒だ。
 時間もないし、知恵もない。とにかく会ってから話そう、となし崩しに会談に持ちこもうとしたところ、強硬な返事が返ってくる。
 第4メッセージの解答を教えてくれなければ、軌道を変えます。
 軌道を変える? うちに帰るという意味ならまだいいが、これは下手をすると、土星ではなく地球へ直接押しかけてくるということか。いかん、それはいかん。なんとしても第4メッセージに答える必要があるだろう。
 最後の手段が取られた。根拠もないままの多数決による決定、つまりあてずっぽうである。
 二つ目の選択肢は、蛙星人たちが選んで失敗したやつだから論外。なかばやけっぱちな挙手の結果、みっつ目の解答、空欄を選ぶということになった。賽は投げられたのだ。

 相手の船はすぐそこまで来ている。息詰まる待ち時間の後、返って来たのは会談を承諾する返事だった。
 この時点ではもう、私たちは猜疑心の塊になっていた。一歩間違えれば彗星を落とされる。地球に降ろすのも危険だ。なんとか、外惑星の衛星にでも落ちつかせねばならない。
 会談場所の土星衛星エンケラドゥスには武装宇宙船が配備され、最悪の時に備えて基地ごと自爆という手段すら用意された。全権委任された2名の大使を立て、顔で笑って背中にナイフという状態で地球人は会談に臨んだのである。

AD2060 異星人

 ようやく待ち望んでいた返事が来た。第4メッセージに対して、地球人は正解である3番の答えを選んだのだ。
 会談にも否やはなく、アヒストたちは明るい気持ちで土星へとやってきたのである。
 

AD2062 エンケラドゥス

 
ア-地 全権大使会談

 地球側分科会の部屋が片付けられ、会談場所が設定された。前回CJ3では、時間が足りなくてこの段階までこぎつけたペアはなかったそうで、見物人もやってきていた。
 地球側は大使2名を出したが、不利そうなときには後ろに控えたメンバーの合図で休憩にするという取り決め。
 それでは、その時の模様をガードマンとして聞いていた私の速記録の大要を公開する。なんでガードマンかはそのうち判明するので。

☆   ☆   ☆   ☆
 アヒストがやってくる。
「私の名前は(みぶり)です」
 次々自己紹介。船長、船長の右手、左手、しっぽという名前の4人である。本人たちは声を出さない。翻訳機(という設定の人)がしゃべる。が、煩雑なので直接会話に。
ア「共同で居住域開発をしたい。太陽系は、まだ開発が足りていないようなので、力をお貸しする。技術も提供する。ただ、開発したところはできればいっしょに使わせてくれ」
地「それは植民ですか?」
ア「植民てなんですか?」
地「植民とは(説明)」
ア「植民は一緒に住むですか? 私住む、あなた住む、植民」
地「データ不足なので、一緒に住むことは出来ない。酸素を呼吸しますか?」
 酸素である。
ア「ミテナカッタデスカ」(怒。アヒスト側使節団団長は草上仁氏という作家の方で、カタコト調のいかにも異星人という話し方をしていた)
地「そちらがウイルスを持っているといけないので、遺伝情報のサンプルがほしい」

 ブレイク

 地球側大使の双肩には60億の人類の命運が乗っかっている。プレッシャーを感じている大使たちに、皆でアドバイス(というか、てんで勝手に注文)。 母星はどうしたのか、なぜ宇宙に住まないか、本当はどの星がいいのか、後続があるのかウイルスを強調しろ、男女比はどれぐらいかなどと言うように求める。
 また、アヒストリーダーは「プロ」なので、こちらもプロの金子隆一氏を投入して、メンバーを増強。

 再開

ア「遺伝情報と生態の情報を渡すのはオッケー」
地「我々の遺伝子の中には、外から入ってきた移動性の遺伝子のかけらが入っていて、病気を引き起こします(ウイルスのことである)。危険なので、あなたがたにもそういうものがあるかどうか調べさせてほしい」
ア(部下に)「そういうものがあるのか」
ア(しっぽ)「はい、存在します」
地「お互い感染すると危ない」
ア「そうですね」
地「それに対処する方法がありますか。薬、遺伝子操作など」
ア「あります。しかし、初めてなので結論はよく調べてから」
地「星を開発して居住するとのことですが、どれぐらい増えるんですか」
ア「そういうことは右手が詳しい」
ア(右手)「一回に6個ですが、調べてみます」
地「話を変えます。あなたがたのエンジンの詳細は? ラムスクープ?」
ア「聞いてどうする?」
地「太陽系に影響を与えるから教えて」
ア「しかし、そこまで来ちゃってるけど」(笑)
地「磁場が悪影響を発します。スペックを教えて」
ア「検討する。そちらのスペックも教えて」
地「話は変わるが、母星系はどうなった?」
ア「開発し尽くした」
地「他の星系には行った?」
ア「まだ」
地「なぜ太陽系に?」
ア「通り道だった」
地「最終的にどこへ?」
ア「いろいろ回る」
地「他にも船団が?」
ア「はい。でも電話が切れてるので話しにくい」(笑)
地「出発時の情報でいいですが、仲間はどれぐらい拡散しているか」
ア「ここに20人、他にもいっぱい飛んでいます」
地「宇宙空間に、惑星なしで、スペースコロニーなどを作って住まないのはなぜか」
ア「スペースコロニーとはどうやって作る」
地「我々に材料と技術はある。なぜやらないか」
ア(はぐらかして)「お願い。できれば、第2、第4惑星をターゲットに、いっしょに開発したい。同意がいただければ、本国に連絡して本隊を呼び、いったん帰る。ただ、10人はここに残していく。その際、地球にその10人が住める基地を作っていただきたい。その後、130年ぐらいで、開発団をつれてくる。その規模は、5000人規模」

 ブレイク

 敵は(もう敵扱いなのである)、話題が繁殖のことになると話を濁している。やはり増え方について嘘をついているのではないか。なんとか地球に降ろさない方法はないか。
 あるろくでもない案が決まる。

 再開

 アヒスト側が席についたところで、突然地球側メンバーの一人(古徳俊郎氏)が武器を抱えてアヒストに襲いかかる。とっさに飛び出たガードマン(私)が制止するが、もみ合いの末、両者相打ちになる。

地(呆然としているアヒストたちに向かって、冷静に)「ただいまテロがありましたが、無事に阻止しました。ご安心ください」
地「地球上にはああいうのがもっといます。これからもそういうのが起こる恐れがあるので、地球はちょっっと……(笑)」
地「地球人の中には、あなたがたに脅威を感じるものがいるのです。地球に下りると危険だ。無理に降りるというなら、安全は保障しません」
ア「あなたがたは我々に脅威を感じるのか。さっき小さい生き物がいましたが、それには脅威を感じますか」(地球側の本藤昭彦氏がお子さんを連れてきていて、その子がちょろちょろしていたのを指していった)
地「われわれはあなたがたの技術力に脅威を感じます。船のスペックを教えてください」
ア「さっきの答えから。まず繁殖ですが、5000人をもとに考えますので、百年後にわずか二倍」
地「百年で二倍ずつですか。それをコントロールできますか」
ア「コントロオルゥ!?」(驚愕。激昂する団長のしっぽと両手を、部下が押さえる)
地「(相手の反応に驚いて)失礼、増え方を制御することができるかということです」
ア「冷凍睡眠で、最大800年まで寿命が延びます。産児制限はできますが、望ましいことではないです」
地「ここで増えて、次の惑星に広まりたいんですか?」
ア「早く増えたくないけど、増えちゃうんですね(笑)」
地「第2惑星は我々の勢力範囲だから、勘弁して。ここエンケラドゥスを提供するのはどうですか? ここで10人住んでください」
ア「ちょっと前に戻って、一緒に住むのはいやですか」
地「安全保障上問題がある。死んでもしらんぞ」
地「我々の中には、遺伝子が違うものをおそれる気持ちがあります。あなた方が怖い」
地「とりあえずここ(エンケラドゥス)に住んだら」
ア「とりあえず聞かれたことに答える。船のエンジンについては教えてもいい。コロニーは、なにしろ人口が増えるので追いつかない。それに、女性は孤独を好むので、広い場所がほしい」(船長の草上氏はなんと女性だった)
地「船の男女比は?」
ア「10対10」
地「ところであれ、結局なんですか。第4図」
ア「(はぐらかす)」
地「燃料とここの基地は提供する。代わりに、そちらを監視させてくれ」
ア「乱暴な子供は食べてもいいか。あなたの子供でないなら食っていいか」
地「食ってはいけない」
地「我々の遺伝子には、同族の肉を食うと死ぬ遺伝子があります」(ホラ)
ア「ああ、まずいからね」
地「結論、エンケラドゥスは上げる。金星火星はだめ。星から出ないで。我々の設備を使って通信して」

(タイムリミット)

☆   ☆   ☆   ☆

 以上のようなやり取りをもって、会談は終わった。
 波乱に満ちた接触だった。なにしろ、CJ史上初のテロが起こり、CJ史上初の殉職者が出たのである。地球側はこれでアヒストをビビらせて、地球着陸を阻止するつもりだったが、逆に悪印象を与えてしまったようである。イニシャティブを取られまいとするあまり、高圧的な態度になってしまった面があった。

 分科会は2日目の夕方までに終了し、その後は、両チーム人間に戻っての報告会、種明かしの時間である。
 互いの発表を聞くにつれ、笑い声とため息が漏れた。わかってしまえばなんの事はないすれ違いが、積もり積もるとコンタクトを破壊してしまうのである。
 アヒスト船の正体は、移民を目的とした調査団だった。繁殖力が強いために母星を出て、周辺の恒星系を探査して歩き、最後にたどり着いたのが太陽系だったのである。彼らが執拗に遺伝子について聞いていたのは、地球側の予想と正反対の、遺伝子による同族視を嫌う視点からだった。それが分かったとき、地球人は深いため息を漏らしたものである。やはり、第4メッセージは地雷だったのか、と。
 彼らが使っていた「共存」という言葉は、一番直接的な意味で字の通りだった。隣り合って住みましょうという意味である。遺伝子を気にしない彼らは、同じ星に異星人がいようがお向かいに異星人が住もうが、いっこう構わないと思っている。地球人が内惑星を守ることに固執したのは、彼らにとって謎でしかなかった。ほんとに、異星人チームはアヒストになりきっていたのである。

 当初地球側の警戒心を呼び起こした、アヒスト船の無断出発、あれもお互いの知らない設定の食い違いから起きたことだった。
 また、アヒストが以前立ち寄ったカシオペアの星で、蛙星人に彗星を落としたことについては、アヒスト側の初期設定資料にも一応記載されていた。だが、彼らはその情報が地球人に漏れたことを知らなかった。異星人側の弁明は、「船長がカッとなってやっちゃった」というもの。相当苦しいいいわけだが、地球人側に突っ込まれたら答えるつもりではいたという。下手につつかないほうがいいと思って黙っていたが、素直に聞けばよかったのだ。ここでもすれ違いがあった。
 この「カシオペアメッセージ」のイベントは、3つのコンタクトペアの中で、2つのペアにしか起こらなかった。コンタクトをより盛り上げるためにバイザーの判断で実行されたのである。残りひとつではなぜそれがなかったかというと、疑惑を高めるまでもなくすでに戦闘態勢に入っていて、あんなメッセージを送ったら実弾がとびかう事態になっていたから。差はあったが、3つのペアが3つとも、疑心の渦巻く危険なコンタクトになってしまっていたのだった。

 アヒストが会談の時に「子供を食っていいか」と聞いたのは、悪い個体は血縁に関係なく処罰すべきではないか、という意味で言ったのだった。
 彼らはあまりに増えすぎるため、自分でもそれを抑えるべきだと思っている。だが、卵が産まれるのは自然の摂理で、これを妨げるべきではない。産まれた後で、問題のありそうな幼体を食べてしまう。言わば間引きをするわけである。
 つまり、産児制限に関する考えが地球人とまったく逆なのだった。団長が絶叫した「コントロオル!?」というのはそこから出た叫びである。彼らにとっては、それこそ地球人が子供を食うかといわれたに等しい質問に聞こえたのだ。これは大きなすれ違いになった。
 会談の最中の高圧的な態度も彼らの気に障った。部屋を出てからの相談は、「いくつ彗星を落としてやろうか」というものだったという。それは過激すぎるにしても、とにかく移民をやめて帰ることに意見が一致した。
 そんなこんなで、私たちのペアのコンタクトは、今回は「不成立」と判定されたのだった。


 ことほどさように、見知らぬ知性体とのコンタクトは難しいものなのである。
 今回痛感したことは、異星人と接触する場合は、断固として寛容でなければいけないということだ。地球人は、バイアスをかけないと、恐怖のあまり攻撃的になってしまう種族だということがよくわかった。
 異星人に情報を与えないように探査機を自爆させようというもの(私だ)から、万が一に備えて軍備を整えろというものまで、硬軟とりまぜて様々なタカ派意見があったが、そういうことを考えていてはだめである。ほっといても軍や民間から警戒心は湧いて来るのだ。それを抑える。少なくとも、コンタクトを任務とする人間は、馬鹿正直なまでに相手を信頼して、一途に友好的な態度を取り続けなければいけない。  情報はどんどん流してやる。質問には答える。惑星の1個ぐらいくれてやる腹の太さが必要である。

 最後になったが、感想というか私信というか、今回のCJでコンタクトできた地球人の方へのメッセージを。
・林譲治さん、誘っていただいてありがとうございます。不成立は残念でしたが、ほんとに楽しいイベントでした。また、スタッフとしてのご尽力に感謝します。
・林隆博さん、行き帰りはありがとうございました。行き帰りだけじゃなくて普段からお世話になりっぱなしですが、今後ともよろしく。
・野尻抱介さん、自由度の高い地球側設定がありがたかったです。星系総生産力から宇宙船のスペックまで計算させられるミッションだったら、ついて行けませんでした。でも、人が計算するところは見たかったような。
・同室で同チームだった池上隆之さん、発表原稿ほったらかしでちょろちょろ遊びまわっていてすみません。最後はお互いトチらずにやれてよかったですね。
・千田芳裕さん、第4メッセージの謎が解けなかったのは悔しかったですね。懇親会でソウヤーに直接攻撃をしかけているのを見てたまげました。調子に乗って私も混ざりましたけど、あれ通じてたのかな。
・本藤昭彦さん、防衛軍ミッションだったらよかったですね。本藤千加さん、ハト派筆頭として軍部の独走を抑えないと。それから女の子ちゃん(失礼、名前なんでしたっけ)、次回には地球人の言語を習得してるかな?
・佐久間正一さん、ノートパソコン構えて戦闘態勢で待ってらしたところを見るとバリバリの計算派とお見受けしましたが、活躍が見られなかったのが残念です。
・古徳俊郎さん、ご冥福をお祈りします。いやいや、豪快な主張に押されっぱなしだったので、次は負けないように行きたいです。
・小森晴美さん、体調がすぐれなかったようですが、大丈夫でしょうか。ぽつりと言っていた「宇宙人との接触なのに感動がないよね。会った次の言葉が、技術提携とかで」うなずきました。できればアヒストの祭りとかレジャーとか、そういう下らないことも聞きたいと思いまして。
・金子隆一さん、SFマガジンにはどう書かれるんでしょう。やっぱり死者2名と出るんでしょうか。
・議長の伊藤俊治さん、書記の竹林幹子さん、スーパーバイザーの中村孝さん、お疲れさまです。スタッフのパワーと能力に圧倒されました。紙とペンだけから迫真のコンタクトを構成する技量、感服しました。
・白井さん、高橋さん、初日の夜は楽しかったです。が、あの後吐くほど酔っていて、詳しく覚えていません。私、なんかアホなことしませんでした?
・二日目の夜一緒だった方々(すいません、人数が多すぎてキャッシュメモリが切れて)、掘り下げた議論ができてよかったです。
・Tチームアヒストの皆さん、理解に苦しみました。いえ、理解に苦しむほどのアヒストへのなりきりぶり、驚きました。次は異星人をやってみたいです。
・主催の大迫さんを始めとするスタッフの方々、お疲れさまでした。どれほどの苦労があったか想像もつきません。お礼のしようもありませんが、このレポートの量が私の感想と言うことで。
・そして、ミスター・ロバート・J・ソウヤー。わけわからんわい! なんじゃあの宇宙人は! もちっと親切な連中つれてこんかい、星占領されるかと思ったやんけ! と、言葉が通じないのをいいことに強気なところを。

 さて……。
 もし、今回のコンタクトが「成立」していたら、太陽系の社会はどうなっただろう?
 人類は、身内もアヒストも平等に扱うことを決め、アヒストたちを地球に迎え入れる。設定上は食糧問題も解決しているので、その技術の延長でアヒストもまかなうことができるだろう。彼らは冷凍冬眠で恒星間飛行を行う技術を確立している。それが代償だ。
 将来、太陽系を開発し終わった暁には、アヒスト‐人類の合同移民船が、新たな星系を求めて飛び立っていくのである。その時には、ひとつのパラダイムに縛られた頭の堅いアヒストを補って、一度困難なコンタクトを成功させている人類の経験が、多いに役立つだろう。
 そしてだ。移民船の先頭に立って新しいコンタクトを行うのは誰か?
 決まっている。太陽系を救ったETCECのメンバー、我らがコンタクト・ジャパンの参加者に間違いないのである。


(西暦2000年11月9日記)

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