吾輩は猫である 夏目漱石 1905年
また古い本を、というあきれ声が聞こえてきそうである。別に古くてもいいのだ。自分の本棚で淘汰の果てに生き残った本をここでは紹介するつもりだから。出たばかりの本の紹介はよそでもやっている。時代に鈍感な私はそういうやり方ができないので、逆の方法をとるのである。
「吾輩は猫である」は、一匹の猫の記述で書かれている。ほとんど対句となるまでに有名な出だしの通り、「名前はまだない」。最後までない。
猫の飼い主である主人、珍野苦娑弥先生のうちに、いろんな人が訪ねてきてよもやま話をする。それを猫が聞いて超然と論評する。それだけの話である。
ストーリーと呼べるほど一貫した筋はない。しいて言えば、客の一人の水島寒月という若い科学者の、女付き合いから結婚にいたるまでが、折に触れて話題になりはするが、別にそれが主題というわけでもない。
成金や戦争や近代文明の批判はあるが、それも珍しい主張ではない。
はっきり言って、あってもなくてもいいような事柄ばかりがだらだら書かれている。漱石自身も、大天下に吹きだす屁のような気炎だと言っている。
そういう風に読んではいけない。
中学生の私が最初に猫を読んだ時の反応は、大爆笑だった。そこらへんを転がって狂ったように笑ったものである。当時サンデーの究極超人あ〜るを読んで死ぬほど笑ったが、私の中ではそれとタイ記録になっている。
漱石は帝大の英文科を出た人間である。その後イギリスに留学して、一高で英語の教師まで務めた。当然英語は強いし、ラテン語ギリシャ語も引き合いに出す。漢文学だの俳句だの禅だのも出てくる。
出てくるのだが、その道具立てでギャグを作るのである。大学教授が真摯な顔で屁をこくのだ。芸人や漫才師が冗談を言うのとは衝撃の度合いが違う。
例を挙げたくて挙げるが、これが一番面白いと言うわけではなく、全編こんな感じの、正座をしたまま宙返りするような文句ばかりである。
主人はあばた面である。
御維新前はあばたもだいぶはやったものだそうだが日英同盟の今日から見ると、こんな顔はいささか時代おくれの感がある。
あばたの衰退は人口の増殖と反比例して近き将来には全くその跡を絶つに至るだろうとは医学上の統計から厳密に割り出されたる結論であって、吾輩のごとき猫といえどもごうも疑いをさしはさむ余地のないほどの名論である。
現今地球上にあばたっ面を有して生息している人間は何人ぐらいあるか知らんが、吾輩が交際の区域内において打算してみると、猫には一匹もいない。人間にはたった一人ある。しかしてその一人がすなわち主人である。はなはだ気の毒である。
吾輩は主人の顔を見るたびに考える。
まあなんの因果でこんな妙な顔をして臆面もなく二十世紀の空気を呼吸しているのだろう。昔なら少しは幅もきいたかも知らんが、あらゆるあばたが二の腕に立ちのきを命ぜられた昨今、依然として鼻の頭や頬の上に陣取って頑として動かないのは自慢にならんのみか、かえってあばたの体面に関するわけだ。
できることなら今のうち取り払ったらよさそうなものだ。あばた自身だって心細いに違いない。それとも党勢不振の際、誓って落日を中天に挽回せずんばやまずという意気込みで、あんなに横風に顔一面を占領しているのかしらん。
そうするとこのあばたはけっして軽蔑の意をもって見るべきものではない。滔々たる流俗に抗する万古不磨の穴の集合体であって、大いに吾人の尊敬に値するでこぼこといってもよろしい。ただきたならしいのが欠点である。(角川文庫「吾輩は猫である」第七章冒頭 改行箇所は小川が変更)
大まじめな顔で、論ずるに足りない無駄話を語っている。牛刀をもって鶏を裂く類いの、能力の無駄遣いともいえる高尚な文章が、妙に痛快である。
まずいことに私は、日本の古典の中で一番最初にこれを読んでしまった。次が「坊ちゃん」である。その結果、真面目で笑えるものが文学であるという偏った枠組ができてしまった。
この頃の文学は、やれ浪漫主義だ耽美派だ、やれ自然主義だ理想主義だと、いろいろな党派があったのだが、冗談主義というのはなかったようである。面白くてはいけないらしいのだ。それで読む気がしなくなった。
猫の後を継いだ笑える文学というものは出ていない。残念なことである。
純文学の世界では猫はあまり評価されていないらしい。漱石自身も、なんだかくだらないものを書いてしまったというような感想を残している。
当時の世情のせいもあるだろうが、漱石も文学界も、額にしわを寄せて変に難しいことを論じ合う深いところへ行ってしまった。思いつめた挙句に、漱石は胃潰瘍で死んでいる。文学にとってはともかく、漱石にとって不幸なことである。
もっとスーダラに生きられたら、猫の勢いそのままに、闊達な笑いが弾ける小説を書いて世の中を明るくできたのに。
スーダラが無理と言うなら、SFを知らせてやりたかったと思う。書斎に座っていてはいかんともしがたい即物的な現実が立ちはだかった時に、SFほど形而上の表現で現実を好き勝手に料理できる道具もないからだ。太く精巧な包丁で俗世の転変をさばく漱石の表現力で、科学の無辺の可能性を切りまわしたら、これはいいSFができただろうなあ。
私は、切りかたの範を漱石に仰いでいる。まだ包丁は果物ナイフ程度だが。料亭の懐石に見えてタバスコやトンガラシが入っているような漱石の料理、いつかは作ってみたいものである。
(2000・6・15)
遊んでて悪いか!! 火浦功 1995年
電脳世界を見て回ると、たいていの個人サイトには日記がついている。
意外と面白いことが多い。笑いもするが、恐ろしくなる。仮にも小説家の看板をかかげている私の文よりよっぽど面白いところが、星の数ほどある。文に限れば、ネット上にはプロとアマの境目などない。ホームページを運営しつつ、文を書かずに冷汗をかく毎日である。――と、とりあえずオヤジギャグなつかみを入れてみる。
もの書きでホームページを持っている人も、最近は増えてきた。やはり機械に抵抗がない分、SF作家や若い作家が多いようである。そういう人の日記は、やはり文の本職だから、読み手をうならせる力がある。HP開設一ヶ月にして、私は自分に日記の才がないことをはっきり悟ったので、そういう人たちをうらやむ。
だがここに特異な人物がいる。彼はSF作家にして、パソコン雑誌に連載を持っていたほどこの世界に近い人だ。そして、日記を書かせたら右に出るもののないほどの名手。おそらくウェブ日記を始めたら、サーバーが血を吐くほどのアクセスが殺到するだろう。にもかかわらず、本人の性癖によって、おそらくそれが実現することはありえない。
彼の名は、火浦功。
「遊んでて悪いか!!」と言うのは、火浦功の日記である。パソコン雑誌(だと思う)「ログアウト」に連載されたものの、単行本化作品である。
火浦氏はゲームにテニス、アメフトにF1などが好みらしい。ゲーム以外は私は門外漢だが、そんなことは問題にならない。何しろ、とっ散らかった脈絡のないテーマをくっつけてケッタイな話を作るのが得意な作家である。余人が聞いたこともないアメフトの選手やF1のドライバーをも、プリメやドラクエと一緒にごった煮にしてしまう。それでもちゃんといい味が出ている。
火浦ファンならご存知だろう。あの独特の「火浦節」が全開で大爆走している。素でここまで面白いんだったら、小説書かずに日記だけ書いていればいいんじゃないかと思うほどのスチャラカっぷりである。
一例を挙げよう。
○1995年2月16日
担当が変わることになった。
顔合わせのため、渋谷に出たついでに、ちょいと寄り道してサブノートを買う。
ノート型パソコンは、キーボードが小さすぎて、小説を書くような仕事には向いてないんじゃないかと思っていたのだが、意外と大丈夫なので安心した。
なによりも、寝転がったまま仕事ができるのがいい。寝転がってるだけで、勝手に仕事もしてくれたら、もっといいのだが……。
さて、ログアウトの創刊以来、だらだら続いてきたこの連載も、めでたく最終回。
吟醸酒などを美味しくいただきながら、新担当の笠原さんも交えて、次の企画をあれこれ考える。
「日本全国の造り酒屋を訪ねて歩いて、毎月、そのレポートを書くってのはどうかな?」と、私。
「却下」
「打てば響くように答えが返ってくるねえ。じゃあ、背中にラケット背負って、日本全国のテニスコートを」
「却下」
「これはどうだ、日本全国の」
「却下。――いいかげん日本全国から離れて下さいよ。それとも、もう酔っぱらってんですか?」
もちろん、酔っぱらっているのだ。
新企画の決定は、翌日に持ち越しとなった。
この通りのやり取りがあったわけではないだろう。プロだから脚色しているに違いない。いやそれとも、本当にこんな調子で打ち合わせしているのか? ありえなくはないな。何しろ「小説家をやめて漁師になる」が口癖なのだ。だとしたらなんと愉快な毎日だ。ああ楽しそうだ。
そう思ってしまう。思わされている、ということもありうる。「さらさらっ、とセンスだけでもって書き飛ばしているかに見えるあの文章を、実はワン・センテンスかなりの時間をかけてひねくりだしている」そうだから(死に急ぐ奴らの街、とり・みき氏の解説より)。
あくまで軽妙にあくまでC調に。日記は小説とは違う。娯楽性がなくては時間制限のあるネット人に読んでもらえない。その意味で、愚痴や文句がなく、ひたすら笑えるこの人の日記出版は、まさにインターネットの日記全盛を先取りした、先見の明のある試みだと言える。
などと持ち上げられるのは、多分本人にとっては苦笑ものだろう。ガタガタ騒ぐんじゃねーよ、とレーベンブロイばりのニヒルな笑みを浮かべているのかもしれない。しかし私は騒がずにはいられないのである。この人がネットに日記を書いてくれたら、プロの日記がどれだけのものかを、世間に明確に示せるのに、と思うからだ。
引用する対象自体があまりに面白いので、小川的な笑いを付け加える隙がない。どうも調子が狂う。人のふんどしで相撲を取っている気持ちがさっきから消えない。
もとより技量が違うから、笑いを付け加えるもなにも最初っから必要ないのだが、それでも私は火浦氏について、ちょっとだけ伍することができる点があると思っている。
それは、さしもの火浦氏とて、最初からあのノリで突っ走れたわけではない、と言う点である。
初期のころ、高飛びレイクというシリーズがあった。氏には熱烈なファンが多いそうだからこういうことを書くとウイルスとか送られて来そうだが、あえて言ってしまうと、あの頃はまだ文が堅く長く、さりとてハードボイルドにも走りきれず、現在のスチャラカな調子を見つけていなかったように思われる。
現在でこそ、お気楽作家として他に類を見ない独特の作風を確立した氏にも、かつてはこんな、少し青い頃もあったのだ。それが、私なんぞのような半人前には、おおいに力強いのである。
憧れるだけでなく、ひょっとしたらこういう風に自分もなれるかも――と思わせてくれるところが、私は大好きなのである。
それともやっぱり、クレージーキャッツとシャボン玉ホリデーを見て、落語や時代劇に凝らなければ無理なのかな?
(2000・4・3)