特別編 東京へリポート・日本フライトセイフティー取材 西暦2000年3月2日
今回は特別編である。何が特別かって、遠征なのだ。
貧乏ひまだけの身の上だから、普段は手近で材料集めを間に合わせているのだが、今回は奮発して上京した。なにしろバス代が片道5100円もするのである。これを奮発といわずしてなんと言おう。
――反論は許さない。なにしろ私は、東名でトラックをヒッチハイクして、名古屋−東京を往復したことすらあるのだ。新幹線など贅沢の極み、飛行機においては夢のまた夢である。だからバスでも立派に奮発なのだ。
そういうわけで、ヘリ取材三連発の最後を飾る、特別編である。
今回お邪魔したのは、江東区新木場・東京へリポートにある、日本フライトセイフティー(NFS)という会社である。私の狙っているヘリがここと三重県明野にあると聞いたのだが、明野は自衛隊なので、敷居が高そうだからこちらにした。
江東区というのは東京の中心部から東にひとっ走りしたところで、JR京葉線を二駅行きすぎるとディズニーランドのある舞浜である。新木場はその江東区から南に伸びた埋立地のことで、現在はその名のとおり貯木場があり、他にものすごく無駄に思えるゴルフ場などもある。将来は特車二課のイングラムと怪獣が格闘する予定の土地だ。
などと書くと、そんなこたわかってるよとおっしゃる方もいるだろうが、わかっているなら別によろしい。私は、東京って遠いなあと思っている、あなた以外の大部分の人々のために書いているのである。
さて、その新木場だが、なくてもいいようなゴルフ場があることで想像がつくとおり、平坦でだだっ広い土地だ。それを利用して昭和47年に作られたのが東京へリポート、航空行政用語で言うところの江東空港である。
ここには、民間公共合わせて20あまりのヘリコプター運用組織が軒を並べている。私が訪ねたのは、その中の一社である。
応対してくださったのはNFS業務部のN氏。パイロット養成コースもあるNFSで教官を勤めていらっしゃる方である。
もともと、朝日航洋のK氏の御尽力でこぎつけることができた今回の面談だが、会ってみるとまたしても驚くほど親切な方だった。取材慣れしているのかと聞いてみたら、前日にヤングジャンプだかヤングサンデーの漫画家がやはり取材に来ていたそうだから、よくあることではあるのだろう。
しかしそれだけでもない。あちこち聞いてわかってきたことだが、ヘリの世界というのは、派手な戦闘機や定期旅客線などに比べて、同じ航空界でもいまひとつ地味で認知度が低いのである。N氏も、そんな状況をなんとか変えたいと思って取材に応じて下さったらしい。
なるほど、じゃあ私が、例えば日航のラインパイロットあたりにインタビューを申しこんでも、追っ払われるのが関の山だったというわけだ。ちょっと逆説的だが、ヘリの世界にアプローチしたのがよかったのだ。
まあそんなわけで、N氏には懇切な解説つきでじっくりとヘリを見せていただくことができた。見るどころか乗せてすらもらった。飛んではいないが。遊覧飛行は大人一人10500円、二名様からである。
前置きが長くなったが、写真を並べて、その時の様子をごらんいただこう。
今回のメインターゲット、シュワイザー300C。日本では航空法の関係で、ヒューズ269Cという旧名がまだ使われている。ピストン単発、3人乗り。
この可愛らしさがいいと思いませんか? ね? ね?
機首の下。面白い話を聞いた。赤い回転灯だが、アンコロと呼ぶそうである。
衝突防止灯――アンチ・コリジョン・ライト、略してアンコロ。
白い細長い棒はVHFアンテナ、それより短い棒はピトー管。
白いV字。まさに虫の触覚みたい。VOR(超短波標識無線)のアンテナ。このクラスのヘリはほんとに可愛らしいほど無線設備がシンプルで、交信用のVHF、方位距離を調べるVOR・DME、管制に識別信号を送るIFFの3種類しかない。あとグライドスロープの何かとか非常用のELTもあるが、上の三つでほとんど用が足りる。レーダー? 馬鹿にするなよ、という世界だ。いいでしょう、このアナログ感覚。ね? ね?
ドアノブ。部品点数わずか二つ。ラッチとバネだけ。軽量化のための悪知恵もここにきわまる。
コックピット。定員3名、3人目が乗るときは真ん中の隙間にシートを作る。この必要最小限のつつましさがたとえようもなく好ましい。(ちょっと興奮気味)
操縦桿の上のトリム装置。通称チャイナハット。一種の自動操縦装置である。操縦桿を押しつづけるのがつらい時、このスイッチをちょいちょいと押してやれば、サーボモーターが勝手にその方向を保ちつづけてくれる。
となりのセレクターは、ガバナー(調速器)のスイッチ。エンジン回転数を保持してくれる。
テールローター。ベル206とは違って、ピッチ機構がシャフトの外に出ている。ということは、前回のレポートで書いた私の想像は外れだったということだ。
N氏に聞いてもみたが、さすがにそのわけまではご存知なかった。
しかしこれが実に愉快なのだ。構造的に、コックピット足もとのラダーとテールローターのピッチ角が直結している、というのは頭では分かっていた。だが頭で分かっているのと目で見るのとは違う。
実際機長席に乗って、振りかえる。この269Cは視界が頭の後ろまであるので、テールローターを見ることができる。見ながら足もとのラダーを踏むと――おお! ローターがぴこぴこ動くではないか!
テールローターの推力が変われば、ヘリの尻が左右に振れる。それがヘリのヨー(首振り)コントロールの原理なのだが、それがもう、手に取るが如くにわかるのである。楽しいのなんの。
この快感はあれだ。サイクルフェンダー車の魅力である。ロータスセブンとかミツオカゼロワンとかの。ピストンやサスペンション、ピニオンギアなどの動きを目の前でやってくれる車の楽しさと同じなのだ。
だから私は、この機体を調べることにしたのである。ヘリとはなんぞや、と言うことの基本が、すべて目と手で触れられる。それが269なのだ。
しかしなんだろう、この楽しさは。これは分からない人がきっといるだろう。子供の頃にラジオをばらしたことのない人だ。あるいはヒューズ一本切れただけで家電製品を買いかえる人か。
中身のことなど考えないですむ機械や電気製品を作り出すことで、現代の文明はより多くの人に手軽さを提供してきたわけで、それはそれでいいことである。その分、別のことで頭を使えるから。
しかし――なんだろうなあ。中身のことを考えてしまいたい人というのが、絶滅もせずにちゃんと今でもいるのである。そういう人には、私の記事もきっと楽しい。(と期待する)。この種族はなくならないし、なくなったら困るだろう。なくす方向で世の中は流れているが。
しかしこの、中身のことを考える力というのが、実は人間にとって一番大事な能力であるような気がする。これは知能だけでなく愛や怒りの中にも含まれている成分じゃないか。覆面をかぶった機械が増えたせいで人は想像力を失い、ちまたには無関心と身勝手がはびこって、文明は自己中毒に陥って衰退していくのでは……。
などということはここで言わなくてもいいか。つまらないでしょ? だからヘリの続きに戻ることにする。
ひととおり、と言っても実に詳細にだったが、実機回りのレクチャーを受けて思ったのは、これほしいなあ、のひとことに尽きた。
聞いてみると、ヘリを飛ばすのは、固定翼飛行機に比べて、実に簡単なことのように思えるのである。
滑走路はもちろんいらない。だから空港でなくてもいい。ある程度開けた、騒音問題をクリアできる土地さえあればヘリの基地にできる。場外申請をすればいい。
そこに、この269を置く。中古で1000万から1500万だから、今は不可能でも、将来うんと無理すれば手に入るかもしれない。
免許は、日本より安いアメリカで400万円で取ってくる。
そしてフライト当日。フライトプランは電話で手近の航空局に出すだけだ。運行管理は免許がいらないから知り合いに頼んで、コックピットに乗る。
離陸。航空管制圏内なら、管制の指示にしたがってIFFトランスポンダをセットする。それ以外の場所ならヘリはVFR飛行、自分の五感のみで飛べるのだ。
もちろん制限はある。市街地や航空路は危険だし、天候も読む必要がある。
でも、ヘリはセスナなどに比べてもはるかに自由なのだ。
存分にフライトを満喫したら、燃料計を見る。おっと、帰らなくては。なくなったら航空油脂の会社のカフコかマイナミに頼んでドラム缶で持ってきてもらえばいいが、ヘリの燃料はリッター200円、これはけっこう馬鹿にならない。
基地に帰ったら、フライトプランクローズの申請をして、ボロ小屋に機体を隠す。
整備は簡単だ。なにしろ機械が全部目の前で見える。自分で整備士の免許を取ってもいいし、そこだけ人に頼むこともできるな。
そして、次のフライトを楽しみに、何食わぬ顔で日常生活に戻るのである。
――うわー、むちゃくちゃ現実感が出てきたじゃないか! もちろん今のは大雑把なたとえだが、少なくとも戦闘機のパイロットなんぞになるより、はるかに簡単に手が届きそうだ。どうです、あなたも一機、買ってみちゃ?
日本フライトセイフティーには、今のようなことを会員制でやる制度があるそうである。十口で269を一機。ひとり300万ぐらいの見当かな? 並より裕福なサラリマーンぐらいなら、少し頑張れば自分の機体で空を飛べることになる。取材のお礼にちょっと宣伝。
ヘリコプターレポート3連発、ここまで書いて、私もようやく満足がいった。日頃なじみのないヘリの世界を、けっこう詳しく皆さんにレポートできたと思う。だから、ヘリはひとまずこれで終わりにしたい。
最後になったが謝辞を。NFSのNさん、そして紹介してくれた朝日のKさん。本当にどうもありがとうございました。
さあ、話に取りかからなくては。今月来月に本が出ることはありませんが、できれば皆さん、楽しみにお待ち下さい。