[トップ]  → [第3遊水池]  → [海洋科学技術センター探訪記]   [掲示板]


Rep.8 海底一万二千米
JAMSTEC(海洋科学技術センター)探訪記
西暦2001年12月21日取材


スケルトン状態の「しんかい2000」


 一昨年あたりからたまに、海を書きたい海を書きたいと発言している。その関係で一度は訪ねておかなければいけないと思っていたところがあった。
 それはJAMSTEC、海洋科学技術センターだ。海洋の科学を技術するという名称にたがわず、その業務は極めて広範で、一概に言いきれるものでもないのだが、分かりやすい活躍を上げておくと、平成十一年に海に落っこちたH−2ロケット8号機のエンジン、あれを3000メートルの海底から引き上げたのがこのセンターだし、平成九年に隠岐諸島北東に沈んだタンカーのナホトカ号を見つけたのもこのセンターである。
 つまり、潜るのがうまい。
 いやそれは極端な言い切りで、実際は泳いだり掘ったり採ったり測ったりもしているのだが、私がJAMSTECに注目した一番の理由は、やはり潜りのプロだからだ。
 何しろJAMSTECの艇は富士山の倍潜る。機械だけなら三倍潜る。無人探査機「かいこう」などは、現在世界で一番深い、10911メートルのマリアナ海溝チャレンジャー海淵の底に、麗々しくKAIKOと大書した記念プレートを置いてきたそうである。月に旗を立てたアポロを彷彿とさせる話だ。
 そう、深海はいまだに、そこに到着しただけで記念になるような、未知の場所なのである。
 そういうわけでJAMSTECを狙っていたところに、さる人の申し出があって、例によって宇宙作家クラブ経由で見学のお誘いを受けることができた。これをしも天佑と言わずしてなんぞや。場所は横須賀だそうだが、これを逃したら七代悔やむ。横須賀だろうが揚子江だろうが乗りこんでやろうと行くことに決めた。

 それでその、ここへ来て急に竜頭蛇尾になるのだが、結論から言うとちょっと失敗だったなあと。
 何がって。予習が足りなかった。
 案内してくださったのはセンターの西村さんという方だったのだが、この人がそうなのかセンター全体がそうなのか、見せてくれる教えてくれる連れていってくれるという底抜けのサービス。トップ写真の「しんかい2000」から始まって、有線の無人機や独立の無人機や高圧潜水シミュレータや新旧潜水服や、生きてる(はずの)ハオリムシやら冷凍遺伝子やら超臨界水やら新種大イカのビデオやら地球シミュレータやらとどめに八千トンの調査船「みらい」の中まで見せていただいたので、頭が噴きこぼれてしまった。一応、海洋観測関係のことは予習してから行ったのだが、その他にあんなに広範囲な、泳いだり掘ったり採ったり測ったりが出てくるとは思わなかった。嬉しい誤算ではあったのだけれど、ビデオを持っていかなかったのが悔やまれる。
 そんなわけで、撮った写真もいろいろバラバラ。これからお見せするが、脈絡のなさに呆れられるかも。いやしかし、全部を体系立てて解説すると、それだけで本の一冊や二冊分にはなってしまうので、断片的でも勘弁してほしい。


 JAMSTEC本部は神奈川県横須賀市の夏島という海辺にある。近所には日産のテストコースや住友重機などの工場があるかと思えば、一万年前の貝塚なんかもあったりする。戦時中は海軍航空隊の基地だったそうである。この辺の時空的密集ぶりはやはり都会ならではで、うらやましくないこともない。
 朝十時に集合したSACメンバーは六人。西村さんの案内で、さっそく見学に出発する。
 最初に見たのが、他でもない「しんかい2000」である。


「しんかい2000」
 1981年就航。最大潜航深度2000m、圧壊深度は3300m。
 全長9.3m、幅3.0m、24t、潜航速度毎分25m。乗員3名で、生命維持時間は80時間以上。
 塩分・水温・水深・水中酸素濃度センサ、超音波トランスポンダ、前方ソナー、TVカメラ2台、スチルカメラ1台、6自由度マニピュレータなどを備える。
 おもりを抱いて目的深度まで潜り、それを捨てて浮上するという潜航プロファイルのため、昇降途中での一時停止は難しい。しかし、「しんかい6500」ではスラスターを使って、ある程度ホバリングができるようになったそうだ。
 またこの艇は、支援母船「なつしま」、無人探査機「ドルフィン3K」との三位一体で運用される。万が一浮上が出来なくなったときには水面までワイヤーブイを伸ばして引っ張り上げてもらうという手段があるが、潜航1200回を数える現在でも、幸い人身事故は発生していない。


 その「しんかい2000」が、ちょうどドンガラ状態で整備中だった。
 この艇は私が物心ついた頃、図鑑などでその存在を知って感心した潜水船なので、懐かしいというかよくぞ今まで残っていたというか、古株の有名人に出会ったような感慨があった。ドリフみたいな。
 ロケットなんかと比べて海ものは骨格がごつい。あちらは一回使いきり、こっちは耐久性のお化け。対極だ。
 昔読んだピカールの本かなんかの影響で、浮力材はガソリンだと根拠もなく思っていたが、この艇ではすでに「シンタクチック・フォーム」と呼ばれる、ガラス球をエポキシ樹脂で固めたレンガ状の浮力材を使っていた。比重0.54。叩くとカンカン音がする硬い代物だ。写真では整備用にほとんど取り外されている。
 中にはさすがに入れなかった。残念。

 また、この時に、この次の世代の「しんかい6500」は、母船「よこすか」とともに西オーストラリアまで出かけていて、お目もじかなわなかった。これも残念!
 続いて棟を移り、無人機を見る。
 ハンガーの中には、軽自動車ぐらいあるメカが全部で六つも鎮座していて、なんとなく恐れ入る。聞いてみると「かいこう」「べんけい」「ハイパードルフィン」と、そのランチャーや予備機だった。
 無人機がそんなにあるとは思わなかったので、どこをどう見たものやら、頭があふれる。
簡単に言うと、「かいこう」は一万メートルの海底で親子分裂して、子が動き回るラジコンだ。
「ハイパードルフィン」は同じくラジコンだが三千メートルまでで遊泳式。
「べんけい」は海底にボーリングを行って海底下を調べる装置、という説明になるのか。
 とりあえず闇雲に撮った写真の中から、二枚。


「ハイパードルフィン」の正面顔。カバーは外されている。
左右の銀色のL字型がマニピュレータで、機器をいじったりサンプルをつかんだりする。左右で爪の形が違うのがミソ。真ん中下にあるのがサンプルかごで、ここに獲物をしまう。
 またこの機体はハイビジョンカメラを積んでいて、恐ろしく美しい海底の映像を撮ってくる。発光しながら浮遊する、深海のクラゲやイカやエビ類の姿は、幽玄にして華麗、まさに別世界の光景。NOB@相模さんという方のサイトで、動画が公開されている。
 美的・学術的に高い価値があるうえ、予算獲得に大きな説得力を発揮するとあって、映像取得にも努力が払われている。
 

「かいこう」のランチャー。出動時はオレンジのカバーで覆ってあるのだが、これもドンガラ状態。
「かいこう」は親亀が小亀を腹に抱えて海底まで10Km降下し、そこで小亀が離脱してあたりを調査して回る。これはその「親亀」の一部。
 何が撮りたかったかと言うと、塗装のはがれや配線の面白さなど。塗装がはがれるのは、チタン合金だから塗装が乗らないからだ。古ぼけてしまっているわけではない。
 ――と思っていたら、案内の西村さんから、塗装が乗らないのではなく、硬いチタン合金でさえ1000気圧の水圧下では縮んでしまうので、塗装が浮くのだ、というご指摘を受けた。なんとも凄まじい話だ。
 電気系配線はすべてシリコンオイルを満たしたチューブに入れられている。やはり海の機器で一番問題なのは漏電だそう。昔の「しんかい2000」ではこういう配線がなく、就航直後には主電源のブラックアウトまで起きている。
 このスパゲティ状態は、苦闘の証しなのだ。

 そのあとに来たのは、無人長距離探査機「うらしま」である。

「うらしま」。
 水深3500mで300Km自動航行することを目標として、開発中。採水器を備えていて、一定距離ごとに水のサンプルを取る。
 自律航行のための制御装置と燃料電池は出来ていて、性能試験段階に入っているが、水素吸蔵合金を使った本式の燃料タンクはまだ未完成。海中での物体認識や判断機能などの作りこみも、もう少しかかる。それに、これ自体まだ実験機。
 だが将来的には、北極海横断数千キロの航海を狙っているそうである。

 などなど。そしてまだまだ。
 昼食を挟んで、他の部門の見学が続く。
 息抜きに小ネタを。下の富士山、なんだと思いますか。

 これ、「しんかい6500」の窓である。
 上部の平面が室内側で、直径12センチ。メタクリル樹脂製で、持つとずっしり重たい。650気圧はこれだけの厚さを要求する。

 さてここからはちょっと駆け足にする。大体上の記事のようなことを見るのが、私の主目的だったので。


 生物方面に見学テーマが移って、これは「ハオリムシ」。
 海底熱水噴出口、いわゆるブラックスモーカーの近所に生息する妙な生物群の代表格。口も消化器も持たず、体内に住ませたバクテリアが硫化水素を有機物に変えるプロセスを利用して、栄養を得ている。
 で、これがなんと、「まだ生きてるはず」というのだ。でも、どうやって生きてるかどうかを判定するんだろう……


 高圧潜水シミュレーター。手前のお姉さんはセンターの方。名前も肩書きも聞きそびれてしまったけれど。
 ヘリウム混合気を注入することで、水深500メートルまでの環境を再現できる。
 与圧時にはわずか1日でそこまで持っていけるが、減圧には半月以上かかるという。急ぐと潜水病で大変なことになるのだ。血中の酸素が泡になって血管を塞ぐアレである。
 説明してくださった担当の方は、高圧下では空気も粘って感じられるとか、かつて研修の高校生に高圧をかけたときの酔っぱらいぶりなどを話して下さり、実に印象深かった。

 その後、さらに数ヵ所を回って、バイオな話や超臨界水の話などを聞いた後(これも面白かったのだが、ネタになるので割愛)、車で横浜の研究所に移動。書棚並みの大きさのコンピューターノード320台に、ベクトルプロセッサ5120基を収めた、世界最強のスパコン「地球シミュレータ」を見学。
 これは、体育館ほどもある建物に飽きるほどコンピューターを立ち並べて、それ全体を並列動作させ、実に40テラフロップスの計算速度を得るという物凄いものである、らしいのだが……うむ、ピンと来ない。2001年時点でのパソコン五万台に匹敵するという説明を聞いて、なんとなく分かった気がした程度。
 別方向から説明する。このコンピューターは実に6300Kwの電力を消費する。さらに体育館の隣に小さな町の公民館ほどもある専用の冷却棟があって、こっちも2200Kwのパワーでプロセッサーに冷気を送っているというのだ。そう聞くと、何やら空恐ろしい感じがしてくるではないか。
 それで何をするかというと、地球全体の大気循環を、10Kmのグリッドで区切って完璧に再現するのだそうだ。カオス効果による揺らぎはあるが、それは何通りもの試行の平均を取ることで抑えるので、かなり長期の気候変動が予測できるようになるという。
 ……ああなんだか、資料の引き写しばかりで申しわけない。はっきり言ってここらはあまり呑みこめていない。
 全体がJAMSTECの所有というわけではなく、宇宙開発事業団、日本原子力研究所との共有であるそうだが、それにしてもすごいものであった。

 最後はもう一度移動して、横浜港山下埠頭に停泊中の、海洋地球研究船「みらい」の見学。もう大変な強行軍。この日は突き抜けて寒かったし。
 しかし強行軍というなら案内の西村さんも同じであるわけで、恐縮。


「みらい」
 1997年竣工、全長128m、8687総トン。世界最大級にして、赤道域から夏季北極海域までの幅広い行動範囲を持つ、唯一の地球観測船。海洋の熱循環、物質循環、生態系の調査や、海洋底の調査、トライトン・ブイの配置などを行う。要するに、海の水と海の底、海洋気象などを詳しく調べるのが目的。
 この船、実は「むつ」である。日本初、そして最後の原子力船となった、あの「むつ」だ。世間の人は(私もだが)かの船ことを、ウランで動く特殊貨物船だと思っていたようだが、一番最初は「原子力海洋観測船」だったそうだ。
 それが原子炉を外され、真ん中からぶった切られて胴を延長され、本業に返り咲いたというわけ。

 ここからさらに駆け足。
 船橋を皮切りに上ったり下りたりして、船の中をくまなく見て回る。私は一応、「いしかり」「きそ」程度の一万t級フェリーには乗ったことがあるが、この船は客船と違って大小様々な部屋があって、自分がどこにいるのだかまったく分からなくなった。


 船橋の舵輪。八千五百トンの船がこのわっか一つで曲がる。ここで聞いた話ではないが、初めて舵輪を持つ人間は、大の男でも震えが来て、後ろで監督者に見てもらっていないと泣きたくなるそうである。


 採水器。これをワイヤーで任意の深度まで吊り下ろし、CTD観測(塩分・温度・深度観測)や他の用途での採水を行う。
 採水とCTD観測は海洋観測の基本中の基本であるそうだ。水を汲むのなんか簡単だと思うかもしれないが、何千メートルも下の決まった深さの海水を、微量成分を保持したまま汚染せず汲み上げるのは、海流で流されたり水圧で壊れたり落っことしたりとかでなかなか難しく、海洋観測をする科学者は昔っから営々とこの困難と戦ってきた。
 それに限らず、海洋観測船の任務には「吊り下げて巻き上げる」というのが一大項目としてあり、この船にもでかいウインチドラムとクレーンがいくつも備えつけられている。


 これがそのウインチの一つ。人間の背丈を越える。6000メートル曳航体ウインチとあるから、「ディープ・トウ」用のものか。


これは何かと言うと、ディーゼル主機関台の基礎を撮ったもの。精密な音響観測などをやるに当たって、当の船自身が雑音を出していては困るので、ゴムの緩衝材が二重に挟まれている。他にも色々と防音関係には気が配られていた。
「みらい」は、A地点からB地点に行くだけの客船や貨物船と違って、大洋のど真ん中で止まったり曲がったり忍び足をしたりといった細かい移動が多いので、それに合わせて機関もややこしくなっている。2500馬力のディーゼル四基で進むのが基本だが、700KWの電動機二基を使うこともあるし、船首に二基と船尾に一基の760KWサイドスラスターで曲がることもある。電動機の電源は五台の発電機である。ああややこしい。

 この船の外見は特徴的で、すぐわかる。船首にも船尾にもやたらクレーンが立っているのだ。そして貨物船のように四角四面ではなくレーダーやマストも生えている。
 ありていに言ってごちゃごちゃしているのだ。しかしこれは多目的の任務に対応するための多彩な装備を積んでいるからである。
 さらに外見からでは分からないが、この船は中に百トンのおもりを備えていて、時化の時にはこれを右舷左舷にごろごろ転がし、動揺を押さえたりする。また上に上がればラジオゾンデを上げる放球コンテナ室があるし、下に下がれば重力計やガンマ線密度計まで備えた研究室があるし、国際規格の最強から一段落ちるだけの氷海航行能力もあるしと、書いていったらきりがないが、色々と芸が多い船なのだった。

 というようなことをざっと見せてもらったところで、ようやく見学ツアーが終わった。なんというか、JAMSTECの満漢全席でさすが横浜、という感じだった。
 こうして見てくると、この組織の仕事は実に広範囲に及んでいる。逆に言うと、地球を調べるにはこんなにたくさんの項目を洗わなければいけないのか、と驚かされた。対象の幅広さに比べて観測陣の手薄さを、大げさに言うと地球の大きさに比べて人間の力の足らなさを感じたものである。
 もっと観測が盛んになってほしいものだ。

 私は宇宙が好きだ。宇宙開発はどんどん進めてほしいと思っている。
 でも海も好きらしい。海なんて太陽系の一惑星の上の水たまりに過ぎないが、それについても人類はまだ全然わかっていないようなのだ。となれば宇宙と同じフロンティアである。謎も秘密もあるだろう。
 ああそして、忘れていた。最後になったが、なぜこのレポートが「海底一万二千メートル」なのか。それは、深海地球ドリリング計画というプロジェクトのことを聞いたからだ。
 この計画は、船を出して海の上からまっすぐボーリングのドリルを下ろし、海洋底の地殻を貫いてその下を調べようというものである。長さ実に12000m。成功すればマントルまで届く。マントルなんか掘った人間は今までいない。大変なことだ。
 そのための船が「ちきゅう」である。この船がすごい。排水量57500tだという。日本最大の豪華客船「飛鳥」の倍もある。なんだかただ単に数字の大きさに浮かれているだけのような気もするが、わざわざそんな船を仕立ててまで穴を掘るという気概に、我田引水ながら「ここほれONE−ONE!」的な豪快さを感じるのである。だからこういうレポート名にしたのだ。
 子供っぽいことだが、こういうのが好きなのだ私は。
 そういうわけで、JAMSTEC見学で私の海への興味はますますかきたてられ、はなはだ有意義な結果となった。

 例によってお礼を申し上げます。案内の西村さん、それにこの企画に誘ってくださった松本さんと笹本さん、ありがとうございました。

(西暦2002年1月記)


[トップ]  → [第3遊水池]  → [海洋科学技術センター探訪記]   [掲示板]