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Rep.10 太陽製造器の一日
(日本原子力研究所・核融合実験施設JT-60取材)
2003.07.22取材 2003.07.24記

写真1 核融合炉とツーショット
 取材レポートを書くのは、ほぼ一年半ぶり。さぼっててすみません。
 遊水池のコンテンツは今まで雑然としていたので、今回からは少々形式に統一性を持たせてみます。

 さて、今回の取材は、日本原子力研究所・那珂研究所にある、臨界プラズマ試験装置JT−60。宇宙作家クラブの団体見学に参加してきた。
 臨界プラズマ実験装置というのは、要するに核融合炉のこと。機構的には、このJT−60はすでにトカマク型核融合炉の形をしている。ただし、正式な位置付けは「大型試験装置」で、まだ核融合発電にも、本格的な核融合にも成功していない。車のエンジンでいえば、シリンダー部分だけの燃焼実験を繰り返しているという段階。回転エネルギーを引き出してもいないし、自動車を動かすまでに至る道のりは遠い。
 現在は、ここと、アメリカのTFTR、ヨーロッパのJETの三つの施設が、大型試験装置として稼働している。2010年には次の世代の「実験炉」である「ITER=イーター」が稼動を始め、核融合の完璧な制御と長時間燃焼の技術が集成され、2030年には「原型炉」、2050年には「実証炉」が作られるとされている。
 この辺りのことについては後でくわしく解説するとして、さしあたり、下の写真を見るために必要な基礎知識を、ひとつ。
 核融合とは、太陽がやっていることを地上で再現しようとする試みである。
 以上。この一事だけで、生半可な努力では達成できないということが、なんとなくわかると思う。その通り核融合は難しい。具体的には、装置の規模がなんでもかんでも大きくなる。
 しかし、太陽を作ってしまうわけだから、成功すればエネルギー的にはもう無敵。それ以上のエネルギーといえば、物質の質量を百パーセント利用する対消滅エネルギーしかない。物理的には、最高から二番目の効率を持つエネルギー抽出方法である。
 それだから、でかくなろうが高くなろうが、核融合の実験は進められている。最初に言っておくと、小川もそれには賛成。やめるべきではない。
 ただ、その道のりは本当に遠い。

 もう少し基礎知識が必要かな。
 核融合とは、+の電荷を持つ原子核同士を無理やりぶつけてくっつける作業である。くっつけると別の原子になって、いくらかのアルファ線や中性子が出てくる。この粒子が持つエネルギーが熱になるので、発電ができる。
 大きな原子核をくっつけるのは大変なので、水素やヘリウムなどの軽い元素が使われる。核分裂とは逆である。核分裂は大きすぎて不安定になった原子核が、壊れる時のエネルギーを利用するもの。だからウランやプルトニウムなどの、周期律表の最後の方にあるやたらと重い元素が使われる。
 重元素はほっといても壊れる。核分裂は勝手に起こる。必要なのは、元素を一定量集めることだけ。つまり、核分裂は起こすのが簡単で、止めるのが難しい。原発を知っていればそれがわかると思う。
 核融合はなかなか起こらない。起こすにはうんと圧縮しなければいけない。太陽ぐらいの重さがあれば重力で起こすことができる。その場合の温度は1500万度程度。しかし、重力なしでやるには、磁場やレーザーなどで猛烈に温度を上げなければいけない。実に数億度にまで。こんな温度はそうそう生み出せるものではないから、核融合現象が勝手に暴走することはありえない。水爆は核融合爆弾だが、あれは核融合を起こすためにわざわざ核分裂爆弾をくっつけて高熱を出している。そこまでしないと核融合は起こらない。
 だから核融合は安全、と言われているが、発電までやるようになったら、そうとも言えない。核融合の熱で高温高圧の水蒸気を作るからだ。この水蒸気が爆発を起こすことは、原理的にありうる。将来核融合発電所ができたとしたら、多分、やっぱり一度や二度は爆発事故を起こすと思う。しかしまあ、本筋から外れるのでその辺も後に回す。
 核融合を起こすためには数億度の高熱が必要だ。数億度のものを入れておける容器は存在しない。しかし、核融合の燃料の重水素やトリチウム(三重水素)は、一万度あたりからプラズマ化する。原子核から電子がはがれてしまって、+と−の電荷を帯びたガスになるのだ。この状態だとうまい具合に磁場に反応する。磁場を作って空中に支えれば、熱は漏れない。
 磁石で空中に浮べるだけだと、四方八方に逃げてしまう。だから電磁石で筒を作って閉じこめる。筒のままだとやっぱり端から逃げてしまうから、端をつなげてドーナツ型の筒を作る。これがトカマクだ。
 起動方法はこう。トカマクのコイルに通電しながら内部の真空に少しだけトリチウムガスを吹きこむと、遊離電子が高エネルギーを得て走りだし、他の電子を弾き飛ばす。突かれた電子がまた別の電子を、電子を奪われた原子核は別の原子核を、それぞれ玉突き式に弾き飛ばす。電子なだれ現象といって、1000分の1秒ほどでガス全体が電離し、プラズマになる。
 プラズマを加熱するのも、電気炉やガスバーナーでは追い付かない。プラズマ自身にコイルで電流を流してジュール熱で加熱する。それでも足りないので、中性粒子をぶつけたり、電子レンジと同じマイクロ波を当てたりして、とにかくしゃにむに温度を上げる。
 そうやって大体一億度を越えたあたりから、核融合が始まる。核融合を起こすために大量のエネルギーを使っている。もっとどんどん核融合が起こって、使ったエネルギー以上の熱を産み出してくれないと、発電はできない。
 この段階にあるのが、JT−60だ。核融合をぼちぼちと起こせてはいるが、まだもうかるところまではいっていない、というところ。投入エネルギーに対する出力エネルギーの比は、まだ1.25倍。これを上げるために研究が続けられている。

 さて、それではそろそろ、写真解説に移ろう。


写真2 JT−60実験棟外観
 JT−60は原研那珂研究所にあり、それは茨城県那珂市にある。お隣は例の臨界事故があった東海村だ。土地は広々としているが民家もたくさんある。過密だからこそ高効率の発電所がほしいのに、過密だから肩身が狭い。日本の重科学は不幸である。
 よく植栽された130万平米の敷地をマイクロバスで走って行くと、クリーム色の巨大なビルが見えた。その中にJT−60本体がある。


写真3 JT−60付帯設備の一部
 JT−60の本体は直径15メートルのドーナツ型だが、その周りには鬼のような付帯設備がくっついている。写真はその中の、粒子入射加熱装置という系統「だけの」模式図。この他に真空排気設備だとか高周波加熱装置だとか支持装置だとか計測機器だとか消火装置だとかがからまりあって、それはそれはものすごい金属のジャングルを形成している。実用炉ではさらに発電設備がつくわけだから、想像を絶する。
 ちょっとはジャングル具合がわかるかと思って、この写真を載せた。


写真4 JT−60内部写真
 JT−60は、五億二千万度というプラズマ温度記録を持っている。太陽中心でも1500万度だから、これは太陽系で最高の温度だ。そこまで行かなくても、一万度ぐらいの段階から、もう物質では支えられない。
 JT−60の内壁は、直接プラズマを支えるわけではないが、暴れたプラズマの粒子が触れることはある。それに、核融合で放出される中性子を受け止めて熱に変換しなければいけない。それがそもそもの目的だ。あるていどの耐熱性はいる。
 だからJT-60の内部は、2000度の温度に耐える、約一万枚の炭素タイルに覆われている。


写真5 JT−60制御室
 上にも書いたが、JT−60は様々な付帯設備がそろって初めて作動する。また、作動してから実験データを得るためにも計測機器を使う。
 それらの面倒を見るのがこの部屋。NASDAのロケット管制室よりもすごい。
 実験の準備は前日から――おそらく諸機器の整備はもっとずっと前から――始められ、当日は最低百人の人間がここに詰める。しかし、プラズマが生成されて電流が流され、実際に核融合が起こされるのは、わずか15秒間。それが限界なのだ。
 次世代のITERでは、この時間が1000秒に延ばされるという。


写真6 入退場確認ゲート
 制御棟を見た後は続きの実験棟に向かった。JT−60は放射性物質使用施設、放射能発生施設であるので、警戒が厳しい。
 詳しいエリア名は調べ損ねたが、建物に入ってから、廊下・更衣室・電源区画・本体区画の四つのエリアを渡らないといけない。廊下と更衣室の間には鉄の自動ドアがある。更衣室から電源区画に入る前には簡易線量計を渡され、人数をチェックされる。さらに電源区画と本体区画の間は分厚い鋼鉄の壁で区切られている。
 写真は更衣室と電源区間の間のチェックゲート。線量計がIDを兼ねていて、カウントされる。
 更衣室があるから、当然全員白衣着用である。筑波のNASDAでも着たことがあるが、ここでも防塵衣と呼ぶのかな。その筑波のクリーンルームのつもりでいたら、説明を聞き逃して職員に怒られた。構内用の靴で更衣室の床を歩いてしまって、「除染してもらいますよ!」と言われたのだ。
 クリーンルームは塵を持ちこまないように着替えるのだが、ここでは放射能を持ち出さないように着替える。その違いだった。


写真7 個人線量計(ガラスバッジ)
 これは、見ての通りのもの。
 でも、被曝した時に何が起こるのか、聞かなかった。見たかったような、見たくなかったような。


写真8 手洗い装置
 これも、公衆トイレにあるものとたいしてかわらない。全自動なだけ。
 全自動ということは、周りに触れてはいけないということなのだろうが――いいのかな、けっこうベタベタとあちこちに……


写真9 変電設備
 JT−60の前室に偉容をさらす、変電設備。……なのだと思う、厳重に絶縁されているから。確か運転時のJT−60は数十万キロワットの電力を消費すると聞いたので、これほどのものがいるのもうなずける。
 ただ、次の部屋に鎮座ましますご本尊へと急いで向かったので、これについては詳細を聞きそびれた。


写真10 JT−60
 そして、これがそのご本尊――というか、その冠にあたる計測機器。トカマクの直径15メートルのコイルは、写真の黄色い梁材の下にある。
 上に書いたとおり、正体不明の設備のジャングル。天井は高く、床はジャングルの底にあって見えない。(正確な寸法をここでも聞き逃した……)
 ファンの音が常にごうごうと鳴っている。稼働時は真空引きするのでそのポンプと、大電力コイルのゴゴゴゴという音がするそうである。


写真11 支持部材
 星型トラス、と書かれている。これはトカマクのコイルが磁場の力で倒れるのを防ぐもの。梁一本あたり300t、全体で1000tもの力がかかるという。はっきり言って、これが核融合の最大のネックであるような気がする。1000tの力で押さえ込まなければ作動しない機械が、小型化できるかどうか。
 この梁、倒した自動販売機ぐらいの太さがある。


写真12 隔壁
 JT−60の区画と、その前の電源区画を隔てる鋼鉄の扉。厚さ30センチぐらいか?
 稼働中のJT−60はアルファ線と中性子線を出す。アルファ線は+の電荷を持つので磁場でからめとられるが、中性子線はトカマクのブランケット(遮蔽材)に遮られるだけで、そのまま飛び出してくる。室内のものはすべてそれを被曝するので、稼動中と稼働後しばらくは立ち入り厳禁である。
 ただ、ここが核分裂原子炉と違うのだが、放射線は出ても放射能は出ない。トリチウムは放射性物質だが、稼働で増えることはなく、減る。稼働後、時間がたてば、私たちがそうしたように、炉のわずか数メートルまで近寄ることができる。もっとも、中性子被曝を受けつづけた機材は、やっぱりそのうちに放射性物質になってしまうが。
 放射能についていえば、確かに核融合炉の危険性は極めて低い。


写真13 製作企業プレート
 日本の核融合の研究が進んでいるのは(進んでいるそうなのだが)、1950年代から民間企業が積極的に協力してくれたから、らしい。日立住友はこっちで初めて聞いたけど、東芝NECはロケット方面でも出てくる。三菱や川崎や石川島播磨は出てきてない。得手不得手があるのかな。


写真14 神だのみ
 宗教に国費は使えないので、皆様おさいせんを、とお願いされた。これは電源区画のだが、制御室にもあった。
 ま、天照大神を人造で作ろうというのだから、人力だけでは心もとなくても当然。


写真15 被曝検査
 退出の時にカメラの被曝量を調べられた。人間は更衣室手前の計測機器に手を突っ込んで測定する。幸い全員OKだったので、手を洗ってゲートを通り、着替えて廊下に出る。
 実験棟を後にし、他の施設へと回った。


写真16 ジャイロトロン
 トカマクのプラズマ加熱の一方法としてマイクロ波が用いられているのだが、これは次世代トカマクITER用の、170GHzマイクロ波発生装置。全長3mで重量700Kgの「真空管」である。電磁波出力は最高で450Kw、実に家庭用電子レンジ1000台分。
 内部で作り出した電磁波を機器の外に出すために「窓」が必要なのだが、並みの素材では窓自身が電磁波を吸収してあっというまに高温になってしまう。そこでこのジャイロトロンでは、直径5センチほどの人造ダイヤの窓を装着した。ダイヤの熱伝導率は極めて高く、冷却が容易だからだ。
 サンプルの人造ダイヤで氷に触れる実験をさせてもらったが、氷の冷気がサンプルを伝ってあっというまに手まで来た。同行の方が後日、パソコンのCPUクーラーに使えたらいいと言っていたが、確かにこれ以上の素材はない。値段は一枚一千万円だそうだけど。


写真17 ITER試験設備
 次世代トカマクITERは日米欧露の国際共同プロジェクトである。ここではITER用の超伝導コイルの製造もやっていた。ITER本体はまだ姿を現してはいないが、その大きさの説明は聞いた。中心のトカマクドーナツを覆う、超伝導コイル冷却用のクライオスタット殻の直径が30m、高さもそれぐらい。つまり、JT−60の倍の寸法になるそうだ。それで核融合出力は50万Kw、現在最大の商業用原発の半分ほどか。少なくとも大きさの点では、核融合炉はまだ核分裂炉に比べて有利ではない。費用削減のための小型化が、やはり大きな課題。
 写真は、ITER中心のソレノイドコイルに電流を供給する電線。長い墨のような黒い物体が、アルミ製の「電線」なのである。高さは50cmもあろうか。5万アンペアというものすごい電流を通すために、そんな太い電線が使われている。
 重量27トンの超伝導コイル(の1部分)を巻くに当たっても、いろいろと苦労があったらしい。国際協力なので他の国にも分業を頼んだが、出来がアレで組みたて時にはらはらしたとか。
 なお、費用の増大によって、米国は途中で計画から撤退してしまった。


写真18 JT−60トロイダルコイルの一部
 対比のために人物込みで撮影。管理棟前にでんと置かれていた。JT−60のドーナツを輪切りにした一部である。
 以上で、見学は一通り終了した。駆け足だったので後半はデータが荒い(^^;



 気になるのはやはり、次の二点だ。

  1.実用化はいつ頃になるのか。
  2.安全対策は十分なのか。

 1は上のほうでも書いたが、かなり先になる。原子炉は核分裂炉の時代から「実験施設」「実験炉」「原型炉」「実証炉」と、段階を踏んで開発されてきた。逆にいうとそれだけの経験を蓄積しないと商業炉が出来ない。核融合の実証炉は、2050年「頃」作る、とされている。2050年でもまだできていないかもしれないのだ。
 さらにこのロードマップは、JT−60のような重水素・トリチウム核融合(D−T)反応炉についてだけのものだ。拙著「第六大陸」の中で言及した重水素・ヘリウム3(D−He3)反応の核融合は、いまだに実験設備さえない。D−He3核融合は、プラズマ閉じこめ条件がD−T反応の数倍も困難だからだ。これが実用化されないと、月面からヘリウム3をとってエネルギー使い放題、という夢は実現しない。
 そのような未来のことに、今何百億もの金を注ぎこむことは、確かに無駄のように思える。
 また、2についても厳しい指摘がいろいろある。D−T反応炉だと、トリチウムが環境中に漏出する。このトリチウムは放射性物質だ。また、反応中に放出される中性子や、被曝した機材の放射化も問題だ。上に書いた発電系の水蒸気爆発の危険もある。超伝導コイルが高温にさらされた時、超伝導状態が壊れて常伝導状態になってしまって、磁場がなくなりプラズマが吹き出すクエンチ現象も発生しうる。ほんとにいろいろあるな。
 この辺のことについて、元参院議員の田嶋陽子氏の国会質疑をウェブで見つけた。外部の人間による問題提起の一例として、リンクしておく。
 ITER(イーター=国際熱核融合実験炉)に関する質疑
 核融合に反対する人の気持ちがよくわかる。

 でも私は、核融合の実験は続けてほしいと思う。
 理由は、二百年先の人類にそれが必要だから。
 化石燃料はまだ百年以上もつそうだ。太陽光エネルギーや風力・波力・その他のエネルギーの研究も進むだろう。
 でも、そのレベルのエネルギーでは、宇宙に行けない。化石燃料・風力・波力は言うに及ばず、太陽エネルギーでさえも、恒星間飛行では使えない。
 そんな未来に必要なエネルギーなら、必要になった時に研究すればいいと思うだろうか。
 多分、それでは間に合わない。その頃には、研究に必要なエネルギーを捻出できなくなっている。費用のかかる研究だから先送りにするのではなく、費用がかかるからこそ今やっておかないと手遅れになる。

 ウェブではまた、こんな意見も見つけた。
「いかに崇高な装置で発電しても、発生するのは結局電力だ。水力や火力で作ったエネルギーとなんら変わりはない。いたずらに神聖化してはならない」
 それはそうだけど、別に崇高だからやってるわけではない。ただ、核融合だけは、原理的に地球や太陽がなくなっても使える。一億年先まで通用する技術である。
 だから、苦しくても続けてほしいと思う。



[22:20 2005/02/22] 後日、掲示板で訂正していただいたこと

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