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Rep.7 ここほれBOMB−BOMB!
中竜鉱山
アドベンチャーランド中竜 入坑記
西暦2001年11月12日取材


中竜鉱山で採掘された閃亜鉛鉱。Zn含有量15%


 えー、変な題だが、拙作「ここほれONE−ONE!」に引っかけた。ここの鉱山では発破(ダイナマイト)を使って採鉱していたので。
 福井県の九頭竜ダムの近所にある、和泉村というところの、アドベンチャーランド中竜を訪問した。我が愛知県から東海北陸自動車道で北上し、白鳥でクイッと西に曲がって二十キロ。紅葉輝く山深い里のそのまた奥に、この施設はある。
 元々は中竜鉱山という亜鉛鉱山だった。それも750年の歴史を誇る由緒正しい大鉱山だったが、昭和62年の円高で金属が暴落し、閉山のやむなきに至った。ここに限らず、日本の鉱山は先細りである。
 以来ここは、キャンプ場や各種遊戯施設を併設したレジャーランドに変わっている。その中に地底探検と称してかつての鉱山の中を見学させてくれるコースがあったので、ここほれ次作の取材として行ってみた。
 以下、写真を交えて簡単にレポートします。



 レジャーランド入り口。オフシーズンの平日、しかも小雨模様とあって、客足は一桁。地底探検コースは大人千円で、15分ごとにバスが出る。



 坑口(こうぐち)。かつての大斜坑の入口をそのまま使っている。
 レジャーランドのきゃぴきゃぴした看板で隠しきれない、鉱業の雰囲気が生々しく残っている。私的には嬉しいのだが、一般客は引くだろうなあ。



 坑口から2キロ、地下500メートルの見学坑道。
 この鉱山では、昭和48年まで、エレベーターで垂直に人が降り、水平の坑道を掘っていた。これだと、主にトロッコや削岩機など、比較的小型の機械しか使えない。
 48年から斜めの坑道を多く掘削し、車両重機が直接入れるように採掘方法を変更した。トラックレスマイニング法という。このおかげで現在、観光客がバスで直接ここまで来ることができる。
 気温は常時18℃。空気はかすかに石ぼこりの匂いがする。わずかに風があるが、後で聞いたところ動力換気はしておらず、自然通風だそうだ。もっとも、発破全盛の時代はちゃんと換気していた。
 どおん、どおんと発破の音が遠くから聞こえてきて不気味だったが、解説用のテープだった。



 壁面は剥き出しの岩である。支保はほとんどない。古生代(二億四千万年以上前)の固い岩盤が周囲を覆う。
 鉱物を含む区域を、鉱体という。ここの鉱山は接触交代鉱床といって、古い岩盤にあとから溶岩がぐさっと貫入して、周りの石灰岩を変質させてできた。その変質部分が鉱体なので、形はくさび型(やきいも型、と説明されていた)をしている。
 地底にある縦横数十メートルのやきいもを掘るのが、採鉱である。
 写真は亜鉛を含む鉱体表面。



 昔使われていた、上下移動用のエレベーター坑。ケージ立坑という。ラピュタ冒頭でパズーが舌なめながら動かしていた、アレである。
 その箱の中から、真下を見る。ものすごく深くて、はるか下に水面が光っている。80メートルあるそうだ。見上げれば上部の出口までは270メートル。かつてここを男たちが行き来した。
 東京タワーを越える深さの穴である。足がすくんだ。



 立坑時代に水平移動に使われたトロッコ。人が乗るものは人車という。
 すべてバッテリー動力である。背は低い。トロッコに限らず、鉱山用重機は皆ぺったんこで、坑道の狭さを彷彿とさせる。



 発破。ダイナマイトである。いろいろ種類がある。ここの鉱山では坑道掘進と、採鉱のためにこれらを使っていた。
 まず削岩機で岩にいくつも孔を空ける。発破に電気雷管を刺す。孔の奥に発破を押しこむ。さらに爆圧封鎖用のアンコという詰めものを入れる。後ろに下がって、発破から伸びる発破母線を発破器につなぐ。コンデンサーに電気を貯めて点火電力を送る箱である。
 それから、叫ぶ。「発破ーッ! 発破ーッ!」
 点火。
 切羽(きりは。採鉱面)が崩落したら、残りダイ(不発ダイナマイト)が点火しないか十分に確かめてから、近づいて採鉱する。



 車両重機導入後の採鉱風景の再現。
 左は発破孔を掘るジャンボー。右は鉱石を運ぶロードホールダンプ。動力はディーゼル。
 掘った後は空洞になる。そのままだと盤圧で崩れてしまうので、ズリ(鉱石カス)で埋め戻す。
 余談だが、前調査によれば、北海道ではズリといい、九州方面ではボタというとのことだった。ここではズリらしい。どのへんが境界なんだろうか。



 6トン積みロードホールダンプ。当時4000万円。
 トロッコも重機も、操縦席の椅子がなぜか真横を向いている。なぜかわかるだろうか。
 後ろを見るためである。狭い坑道内で前進後退を頻繁に繰り返すからだ。
 重機には他に、崩落防止のルーフボルトを天井に打つルーフボルター、天井の浮石を落とすスケーリングカーなどもあった。どれも、最低でも閉山から14年を静かに眠りつづけてきた機体ばかりだ。恐竜と同じようにこのまま化石になるのかもしれない。



 主なところをあげてみた。
 鉱山は日本史に少なからぬ傷跡を残している。戦時中は大陸や半島の捕虜を強制労働させた。戦後の出稼ぎ人夫たちを低賃金で使った。鉱毒を流して病人や死人をたくさん出した。CO中毒や事故にあった人も大勢いる。
 だから、手放しで面白がるのも不謹慎かもしれない。
 しかし反面、焼け跡から立ち直る力を日本に与えたのも事実である。



 そう言ったことも語るべきだろうが、ちょっと私のやりたいことから外れるので、割愛させていただく。
 良かれ悪しかれ日本には鉱山があった。そして消えつつある。少しぐらい残しておいたほうが、後々のためになるだろう。
 オフシーズンだったからかもしれないが、ここアドベンチャーランド中竜も、これから繁盛する、という雰囲気ではあまりなかった。
 貴重な資料だと思うので、中部近辺で休日のドライブ先に迷っている方がいたら、一度ぐらい出かけられてはどうか。道はけっこう整備されている。
 今月中なら、近所の九頭竜ダムで紅葉のおまけがつく。


 千早ぶる 神代も聞かず竜田川 からくれないに水くぐるとは……
 ってほどでもないか。

 最後にお礼を。
 坑道の売店でお話を聞かせてくださった丸山さん、ありがとうございました。

(西暦2001年11月記)
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