1.どんよりと横浜に乗りこむまで
2.消しゴムが爆発するまで
3.野尻さんがカッコつけるまで
4.ジルーネ・ワイバー嬢に萌えたりアイリッシュ系音楽に随喜したりするまで
5.個人的にミーハーして嬉しくなるまで
6.タマネギ型宇宙人に寄生するまで
7.エイリアンの母とネバーランドの少女が親子になるまで
8.軌道から降下する猫が、軌道から降下する少女軍団に勝つまで
9.SF大会のなんたるかを呑みこみ、それにヤラれるまで
SF大会というものがある。
SFファンでも行ったことのない人は多いだろう。SF知らずの人ならなおさらだ。かく言う私もSFのコンベンションに出るのはまだ2回目。初心者と言っていいと思う。
だから、今回私は、「初心者ファン作家」として、SF初心者の人や、ごく普通の人にもわかるようにレポートを書くことにした。
ビギナーの人は楽しんでほしい。濃い人は突っ込んでほしい。
どちらの人にも伝えたいことはただひとつ。あれはけっこうおもしろいよ、ということである。
1.どんよりと横浜に乗りこむまで
私のいる愛知県から横浜は遠い。新幹線で往復2万、バスでも1万数千円は下らない。
幸い、ネットで知り合った名古屋在住の林さんという方が、車を出してくれるという話になり、3人相席で高速を走ることになった。移動費用は割り勘で往復7千円と少しで済んだので、これが一番賢いやり方だろう。
深夜2時に名古屋を出て、会場には朝8時についた。車内ではしゃべりまくっていたので完徹だが、これは大会前の参加者の常識と言ってよく、眠いのだるいのとぬかすのはぜいたくである。
林さんの宿に車を放りこんで、会場まで歩く。今回の会場であるパシフィコ横浜というのは、実はインターコンチネンタルホテルの真下にある。横浜の港風景の写真には必ず出てくる、あの切ったスイカを地面にぶち立てたような半月型のビルである。当然会場確保の費用は高く、そのせいもあって今回の参加費は2万円と少々張った。これは早いうちに申し込んだ方が安い。
参加費を払ったのはゲスト参加の要請がこなかったせいである。しかし、来ても断るつもりだった。前年、名古屋で開かれた「ダイナ☆コン」という地方コンベンションにゲストとして呼ばれたのだが、その時ゲストらしい貢献を何もできなかったからである。タダで参加できたら何か芸を見せるのが筋だろう。
そうは思ったものの、2万円は痛かった。本音を言うとちょっとくやしい。
その「ダイナ☆コン」では、貢献できなかったばかりでなく、それほど楽しむこともできなかった。何をやったらいいのかわからん、知り合いも誰もおらん、という状態だったのである。
そのせいで、いざインターコンチの半月の真下に立っても、私はそれほど期待してなかった。どうせ今回も、廊下をうろうろしたあげく、たいして人とも話さずに帰るんだろうな、とほとんど物悲しい気分でいたのである。
外れた。予想は大外れだった。
大収穫の2日間が始まったのである。
2.消しゴムが爆発するまで
ホールで開かれたオープニングのあと、さっそく会場をうろうろして地理の把握に努める。
今回の総企画数は190以上。全部はとても回れないにしても、動きまわるから装備は軽い方がいい。
だから軽くした。荷物はナップザックのみ。ぞうり、短パン、Tシャツ、そしてなぜからくだ色のサファリハット。さらにグラサン。
申し合わせたようにジーンズ・Tシャツ・眼鏡の3点セットを身につけている人が多い中で、これはかなり目立ったと思う。目立つというより明らかに場違いである。近所の山にでもハイキングに行くようないでたちだ。しかしなにしろ引っ越しで服がどこかへ行ってしまったので、これしかなかったのだ。さらに、参加者全員着用の名札を、胸でなくハットにぶら下げた。変なのは確かだが、そもそも変でオッケーというのがSF大会だから、これはこれでいいのだ。
大会は、国際会議場の3階から5階までを借り切っている。この空間がサバトの会場である。早くもロボットや帝国軍軍人が出没し始めた異世界を、目的の部屋に向かう。まずは413号室、11時からの「びっくり科学実験」が狙いである。
部屋に入ると意外に子供が多い。昔からのSFファンは子連れで来ているのだ。教育上問題多いに問題がありそうだ、などと野暮なことは言わない。どんどんつれてきてどんどん染めるのがよろしい。
部屋の前に白衣の人たちが立っている。これが企画の人たちで、ゼロコンスタッフとは直接関わりはない。申し出るか頼まれたかして企画を運営している、あくまでファンなのである。
時間が来ると、白衣の博士が、あー、なんという人だったか失念したが、その方がさっそく口上を始める。ここから先何度でも遭遇するが、大会には口が達者で愉快な人がほんとに多いのである。この博士もそうで、まず格好からして白衣の下にぞうり履き。なぜかというと、実験に使う液体窒素が足にかかった時、靴だと中にたまってしまってやけどする、ぞうりなら流れて問題ない、というのだが、その説明がじつに軽妙である。学者がみんなこんな風ならいいのに。
実験が始まる。科学実験というから何をするのかと思ったら、これが全部液体窒素を使ったお遊びなのである。ビーカーにあけた液体窒素に、ゴムボールを入れる。膨らせませた風船を入れる。スーパーボールを入れる。なんのことはない、「バナナで釘が打てます」というのが本当かどうか、実際に見てみるだけという他愛ない企画である。
その液体窒素も、ビーカーに注いでいるうちに、牛の乳を受けるような馬鹿でかいポットがあっさり空になった。聞けば、前日運んでくるときに、渋滞の最中に蒸発してしまったんだろう、というなんとも情けない首尾。
それでも面白いことはあった。いつぞやSF作家・野尻抱介さんの掲示板で話題になったことがあったが、「消しゴムを液体窒素につけると爆発する」というのを確かめてみたのである。このとき問題になったのは、冷やすことによって爆発するのか、それとも凍った消しゴムを引き上げた時に、室温で爆発するのか、という点だった。
結果ははっきり出た。ビーカーに消しゴムを落としこんで数分、ポンと音を立ててゴムは見事に弾けたのである。疑いもなく、消しゴムは急冷すると爆発するのだ。
凍った外壁が収縮した時、内側のまだ柔らかい部分を締めつけきれずに外壁が破壊し、ゴムの弾性ゆえに弾ける、という推測を、あとで林さんたちと考えてみた。多分そんなところだろう。
カリカリに凍った消しゴムの破片を手のひらで転がしたが、やけどはしなかった。
尻切れトンボではあったが、それなりに面白い企画だった。だが、まだまだ序の口である。
3.野尻さんがカッコつけるまで
午後からの企画でビデオ係をおおせつかっていたので、外のマックでさっさと腹ごしらえ。
午後イチにして5時まで4時間という大型企画、「宇宙開発の部屋2」は、418号室での開催である。部屋の前に行くと、すでに人が集まっている。一目でわかる丸い顔は野尻抱介さんで、彼を中心に宇宙記者の松浦晋也さん、人工衛星設計の野田篤司さん、ライターのみのうらさんなどが集まっている。ほどなく航空宇宙評論家の江藤巌さんご夫妻も現れた。あたりが真空・無重力でないのが不思議なほど、「宇宙ッ!」という雰囲気が漂っている。
ちょっと離れたところで一心不乱にラップトップのキーを叩いている人がいて、ゲストの赤札をよく見れば、これが「星くず英雄伝」の新木伸さんなのだった。話しかけたものの、「仕事中ですんで」のひとことで追っ払われる集中ぶりだが、この人も宇宙作家だから、この場の地球外化に一役買っているのである。
企画が始まる。
松浦さん、野田さん、江藤さん、野尻さんの宇宙ウォッチャー大御所4人がそろい踏みで、どうなるかと見ていると、これが野田さんの独壇場なのだった。野田さんは某所で本物の人工衛星を設計している人である。科学者なのだが、これが語る語る語る。
「まあ最初はお通夜から」
と最近のロケット打ち上げの失敗続きについて始めたから、これは堅い話かなと思ったら、とんでもない。固体ロケットの薀蓄あたりから雲行きが怪しくなり、噺家顔負けの野田トークが回転数を上げ始める。
「SRBの内側ってのは棒を入れておいて後で抜いて、燃焼面の成形をします。断面が円形とか星型とかハート型とか」
チョコじゃあるまいしハート型って。
「固体は簡単なように思われてますがこれは大きな間違いで、本当に難しいんです。本ッ当に。作るに当たって混ぜるものはごにょごにょ……言うとやる人が出るんで言えませんが」
そこを是非!
話題がこの5月に盛岡で開かれた、国際宇宙学会参加のくだりになると、もう満場爆笑の渦。いわく「SF大会と学会とはそっくりである」。
大会常連の人に特に受けたようだが、初心者の私でも十分に楽しめた。
学会はSF大会と同じように、部屋ごとに企画を立てて発表討論を行う。名札をつけた参加者が歩き回っている。同人誌ならぬ学会誌の即売会もやっている。おまけに、
「盛岡に決めたのはわんこそばが食べたかったからですよ。学会の後の余興でわんこそば早食い大会をやった。参加者がまた凄くて、NASAだのESAだのの教授や博士ってエラそうな人たちが、ずるずるわんこそばを食っている」
そこへ乱入してきた同じく宇宙作家の笹本祐一さんが、同行したときの様子を描写していわく、
「これでコスプレがあったら完全にSF大会だなあと言ってたら、ちゃんとあるんだよね。わんこを注いでくれる姉さんの衣装が例のあれ」
受けた受けた。
超小型衛星「タンポポ」の段ボール模型を見せる野田司令
休憩をはさんで第2部・FOX編が始まっても、野田トークはレッドゾーンを快調にキープ。オフレコものの発言の連発に、松浦さんの的確な捕捉、江藤さんの一発ツッコミ、野尻さんのまぜっ返しが鋭く入り、盛りあがりは最高潮。
もちろんフザケ話に終始したわけではなく、野田さん開発の衛星用新型部品「FOX」の胸踊る魅力的な説明があった。なんでも、手の平に乗る大きさのその基盤に乾電池をつけただけで、ユニックスが走り、これを使えばポケットサイズの人工衛星を作ることすら可能というすぐれもの。宇宙開発事業団のH−2ロケットの隙間に押し込めば、1度に10個以上を打ち上げられるというのだから、お手軽である。
凹面鏡と小型CCDで、鏡筒なしのミニチュア反射望遠鏡衛星を作る話まで出て、これには天文にも詳しい野尻さんとの間で、多いに構想が盛りあがった。
「宇宙開発の部屋」のシメは、野尻さんのひとことだった。
外から入ってきた例の林さんが、野尻さんのそばに近づいて耳打ちをひとつ。直後に野尻さんは必要もないのに眼鏡をかけて表情を隠し、野田さんが壇上に釣り上げた惑星学者が語るクレーター関係の話題にも上の空。
そして、企画終了間際になると、やおら腰を浮かして部屋を出て行きざま爆弾を投下。
「じゃ、私、星雲賞もらってきますんで」
星雲賞というのは、SF大会参加者の投票によって毎年決定されるSFの賞のことで、そこにいる人間なら誰もが、下馬評もかまびすしく注目していたもの。それがこの企画中に発表されたのだ。
野尻さんの消えた後の室内に、拍手が荒れ狂ったことは言うまでもない。
4.ジルーネ・ワイバー嬢に萌えたりアイリッシュ系音楽に随喜したりするまで
ふとディーラーズのことを思い出す。会場の一角で、即売会やオークションが期間中ずっと開かれているのである。いい具合に時間が空いたので、のぞいてみる。
おお、秋山完さんの店が出ているではないか。しかもご本人がいらっしゃる。「ラストリーフの伝説」以来惹かれていた方であり、ソノラマつながりということもあるから、思いきって話しかけてみる。物腰やわらかな紳士然とした方で、氏の構想なさった「シリー・ウォーズ」関係の設定資料集までいただきかけるが、ただではなんだからと小銭を作りにいったんそこを離れる。戻ってきたときには別の方と話していらっしゃって、資料集は買ったものの、それ以上話すことができなかった。ううん、残念。
私はこういう風に、間の悪さで損をすることがよくある。いらないときにはあつかましいくせに、肝心なところで弱気になって、話しそびれるのだ。ああもう。
他に買ったものは、小松左京の中古本。氏の本はほとんど持っているつもりだったが、これが未読だった。掘っても掘っても鉱脈がつきない方である。嬉しいようなもどかしいような。
5階をぶらぶらしていると、頭の上を澄んだ歌声が流れていくのに気付く。思わず誘引されて声の元へ向かうと、通路の行き止まりのラウンジで、軽快なステップを踏む黒い衣装の小柄な女性を中心に、ギター、バイオリン、アコーディオンの男女二人ずつのバンドが生演奏をしているのを見つけた。
周囲は黒山の人だかりである。さもあらん、これを聞くためならと思えば、見物人は次の難波弘之のライブを待っている行列なのだった。するとこのバンドが前座? 難波なにがしなんぞより、私にはこっちの方がずっと性にあう。
アイリッシュだった。詳しくないのでアイルランド民謡系としか説明できないが、銀のゴムのようなソプラノのボーカルの声に、音階をめまぐるしく上下するギターとバイオリンが絡み合う。こういう、ピッチの速い女声歌唱に私は格別弱い。
ボーカルが休息に入っても、バイオリンとギターは延々と続く。勢いよく流れる旋律に、時折見事に息のあったスタッカートが入って刹那の静寂が響き、すぐにまたリズムの川が走り出す。絶妙の緩急に耳が揺さぶられる。
見物人の最前列あたりが拍手でリズムを取る。タンタカタカタッタッタ、タンタカタカタッタッタ、音に連られて勝手に頭が上下し、かかとがステップを踏んでしまう。人が見たらおかしな光景だったろうが、恥が恥になる場所でなし、と私は乗りまくった。
その真っ最中に話しかけたこられたのがスミソニアン=ARMYさんだったが、大会中唯一、私を小川一水と認めて声をかけてくださった方にもかかわらず、ほとんど上の空の返事をしてしまった。大変もうしわけないが、それだけいい音だったのである。
演奏が終わっても、背筋と後頭部にゆらゆらが残った。スタッフにうながされて見物人が列を組みなおす中で、私は一人メンバーに近づき、ひょっとするとザバダックはお好きでしたか、と聞いてみた。昔ハマったアイリッシュのバンドである。
すると予想通り、ザバダックのコピーから始めたのだという答えが帰ってきた。いたく感動して、私はユニット名を訪ねたみた。
キルシュ、というのが彼らの名前だった。
もうCDを探し始めている。
5.個人的にミーハーして嬉しくなるまで
日暮れどきの企画を適当に切り上げて、宿へと移る。私は一応宇宙作家クラブの末席を汚す身なので、SACメンバー宿舎の旅館に泊まることができた。
ほぼ一番乗りで到着後にかねてからの陰謀をめぐらし、本隊が来るのを待つ。宇宙開発の部屋にいた方たちに加えて他のメンバーも到着すると、宴会場に移動。
乾杯の音頭取りはこの人しかいない。笹本祐一さんがビールグラス片手に、
「それでは、野尻抱介の星雲賞受賞を祝って!」
この一言まで、みな星雲賞のせの字も口にせず知らんぷりしていたのである。呆然とする野尻さんに、用意しておいたプレゼントを押しつけて一座は沸いた。
赤いシャツが野尻さん
宴会の後も、部屋に酒盃を並べて夜更けまで雑談。こればっかりは書くに書けない。最高だったとだけ言っておく。子供の頃から読んできた本の作者たちと、膝つき合わせて飲んだ酒である。まずかろうはずがないというものだ。
SF大会の初日はこれにて終了。まだまだ半分残っている。
6.タマネギ型宇宙人に寄生するまで
2日目はまず「ファーストコンタクト・シミュレーション」の部屋へと足を運ぶ。これも野尻さんが一枚かんでいる企画である。野尻さん野尻さんと小川うるさい、と思われる向きもあろうが、今回の大会ではもともと野尻ウォッチャーに徹するつもりで来たのである。ファンだから。
ゲストの一人に狙いを絞ってつけて回る、というのも大会を楽しむ方法のひとつであるそうだ。だからこれもこれでいいのである。
ファーストコンタクト・シミュレーション、略してFCSとは、参加者が2チームに別れて、それぞれ異文明の宇宙人として意思の疎通を試行するゲームである。なにを考えているのか全くわからない相手との交流を楽しむもので、コンタクト・ジャパン
というイベントでは、二泊三日で気合を入れてやるそうだが、SF大会のものはその簡略版。
今回は、野尻さんとベテランSF作家の堀晃さんが、それぞれのチームのアドバイザーに付くことになった。私はもちろん野尻チーム。
チームごとに隣り合った会議室に入り、企画が始まると、両者の間の交流はメッセンジャーを介したものだけになる。相手の動きがわからないのがいいのだ。
大会FCSはコンタクト・ジャパンのものに比べて設定もずっと簡単である。今回は、自由落下する二隻の宇宙船が、斜めに交差する軌道を取り、相手を発見してから最接近・離脱するまでの過程をシミュレートするという設定が与えられた。
まずは、自分たちがどんな宇宙人かを決めねばならない。ひと部屋をまるまる埋めた参加者たちの中から、慣れている人がさっそく意見を出していく。虫型、植物型、機械型というオーソドックスなものから、群体型宇宙人、寄生型宇宙人、はては女子高生型というものまで出て、早くも我々はあやしい宇宙人になりかける。
ところで、以前大会には子供も来ていると書いた。この企画にも小学校低学年ぐらいの女の子が親と一緒に参加していたのだが、彼女の意見が傑作だった。
「わかめ」
満場一致である。我々はワカメ型宇宙人になることに決まってしまった。悪ノリした参加者たちは次々にケッタイな設定を付加していき、最終的な形態は行くところまで行ってしまう。
「ハゲの人型生物に寄生して操る、ワカメ型宇宙人」
である。
どこにそんな宇宙人がいるのだ。いや、いてもいいが何もこの場で出さなくとも。FCSってもっと真面目で高尚なものではなかったのか。
とか言いつつ、私も宇宙船の形状を決定する段では、「みそ汁茶碗型バサードラムジェット宇宙船」というものを提案して、見事に採用されてしまった。バサードラムというのは、磁場のじょうごで宇宙空間から物質をすくいとって燃料にする方式のことで、このじょうごを茶碗に仕立ててしまったのである。ワカメを乗せた茶碗船。飛行目的は、よりよいハゲ頭を見つけて移住するため。なんというふざけた宇宙人か。
ここで第1回目のコンタクト。最初は相手の船の形状を確認するということで、手早く仕上げられた宇宙船のイラストが、相手チームに提供される。
相手チームの船の形を見て、我々はどっと笑い崩れた。何やらごつごつした球体ふたつに挟まれた、横長の円筒形。それらを貫く長い棒状構造物。
ねぎまである。
あるいはおでんかもしれないが、とにかくその辺の串刺し系の食べ物である。これでノリは一段と悪くなった。むこうもその気なんだからうんとハメを外してしまえ、というわけである。
続いての第2回コンタクトでは、イラストひとつと単語数文字のメッセージを送ることになった。我々が描いたのは、頭にひらひらワカメを生やした人型、フタをしたみそ汁茶碗、揃えた箸である。これで何かを分かれと言うのだから人を食っている。
付け加えられるメッセージはわりと真面目に検討されたが、例の女の子のひとことで、またもやエラいものになった。
「はげ」
我々・愛・平和・友好・ハゲ・星・実り・ハゲ?
という調子。もうケンカを売っている。
相手からのメッセージが到着。イラストとメッセージ。しかし、文のほうを見る人間は一人もいない。
ハゲだったのだ! イラストは、タマネギ型宇宙人だった。頭部がタマネギでその下に触手状の手足が生えている。いやもう触手やメッセージなんてどうでもいい。とにかく、ハゲなのだ。ランド・ホー! 我々は新たなる大地を見つけた!
ぜひともこの新しいハゲに、我々ワカメが共生することの素晴らしさを教えてやらなければいけない。ランデブーだ。乗りこむしかない!
さらに1通のメッセージを交わした辺りで時間切れになった。
企画の終わりは、一室に両チームが集まっての合同セッション、つまり種明かしである。それぞれ自分たちが何を考えていたのかを説明していく。
向こうからは当然疑問が出てくる。あのイラスト、いただきますとしか解釈できない、人型・茶碗・箸はなんだったのか。
決まっている。人型は我々の姿。フタをした茶碗はラムジェットの停止を表し、ランデブーしたいとの意思表示。そして箸は友好の印である。この最後のところはかなり無理っぽかったが、そこはそれ、ノリである。
対する相手チームのねぎまは、実はけっこう深く考えられた構造体だった。上下の肉は資源小惑星。間のねぎは作りかけの宇宙基地で、宇宙を航行しながら観測基地を建造している、というよく考えられたものだったのである。串にもちゃんと説明があって、これは物質投射用のマスドライバーだった。目的地に着いた時に残った質量を前方に投げて減速するためのものである。
さすが、ハードSFの堀さんの指導だけあった。対する野尻さんのコメントは、「堀さんにもうしわけなくて」である。みそ汁茶碗など出さなくても楽しいのがFCSだから、ちょっとおふざけに走りすぎたと言うところか。
結局、今回のFCSは、善良なタマネギ星人たちが我々ワカメ星人の餌食となる、という結果で終わってしまった。交流が確立できなかったのだから、コンタクトの判定は失敗。失敗でこれなら、成功したらどんなに楽しいことだろうか。
7.エイリアンの母とネバーランドの少女が親子になるまで
午後に入って、「ジャンル対抗「最強」決定戦」を見物に行く。
「SF・ホラー・ミステリ・ファンタジー 史上最大の決戦」というのが副題である。4つのジャンルからそれぞれ2名のゲストが出場し、それぞれが「最強の悪者」を持ちよって、どいつが最悪かを決めるというものだ。
エントリーしたのは、SFから野尻抱介・山田正紀。ホラーから倉阪鬼一郎・牧野修。ミステリから我孫子武丸・田中啓文。ファンタジーから高野史緒・菅浩江。いずれも一筋縄ではいかないつわものぞろい。さらに審査員は、今が旬であるらしい(実は小川はよく知らない)声優の仙台エリさん。彼女も弱冠18歳にしていい味を出していた。
1回戦第1試合は、山田正紀さんと我孫子武丸さんの、SF・ミステリ勝負である。登場悪役は「リプリー」と「潘金蓮」(これについては壇上のフリップがよく見えなくてうろ覚え)。
リプリーと言えば「エイリアン」の主役である、異星生命と死闘を繰り広げるたくましい女戦士だが、山田さんはのっけから、「リプリー殺人者説」を提唱。エイリアンの話は全部リプリーの嘘で、実は他のクルーを皆殺しにしたのは彼女なのだ、という怪説を展開する。そのインパクトに、安孫子さんはあえなく敗退。
第2試合は、高野史緒さん対、牧野修さん、ソフィーの世界「アルベルト」とリング「高山竜司」の対決。少女ソフィーに哲学の話題を使って接近する男・アルベルトを、高野さんはストーカーと断罪。牧野さんは高山竜司を、「ベイビーちゃんはおねんねかい」という台詞を吐くというだけで悪者呼ばわりするが、ややインパクトにかけるか。それでも仙台嬢は高山を推しかけるが、高野さんの追撃、
「アルベルトはプロモビデオまで作ってソフィーに見せたんですよ!」
で、アルベルトに軍配を上げる。
第3試合は、倉阪鬼一郎さん対、菅浩江さん。これは当人の格好がすでに異色対決である。倉阪氏はいついかなる時でも、黒猫のぬいぐるみ・ミーコを肩に乗っけているので有名であり、京都人の菅氏は一目でわかる和服姿。
吸血鬼「ロマー・マウル」とピーターパン「ウェンディ」の勝負である。水着くるぶしフェチのマウルは、性悪女ウェンディにたじたじ。加えて、アヤをつけかけた司会の大森望さんに、菅さんの静かなひとことが突き刺さる。
「もっかい言うてみ」
審査員仙台嬢は、
「ウェンディを悪者にすると、それによく似た自分が悪者になってしまう」
と言いかけるが、大森氏即座にそれを封じて、
「では管さんの勝ちということで」
第4試合は、駄洒落作家・田中啓文さんの「双葉山の殺人鬼」対、野尻抱介さんの「アラハバキ神」である。
先手の田中さんは、とにかく最強と言えばこいつでしょう、何しろ殺人鬼ですからウェンディーよりアルベルトより、とやりかけるが、相手が悪い。アラハバキ神は「カムナビ」において地球規模の災害を引き起こしている。
だがそれで済ませないのが田中さんの田中さんたるところで、
「双葉山は埼京線にありますから」
だから最強なのである。
個人的に野尻さんの、アラハバキ神はなぜ悪いか、
「まず住んでいる宇宙が悪い」
が受けたのだが、会場の大勢は田中ギャグがツボにはまり、ここは殺人鬼の勝ちとなった。
1回戦を通過したのは、リプリー、アルベルト、ウェンディ、双葉山殺人鬼の4名である。この時点では、ファンタジーメンバー優勢の様子。だが形勢は変わっていく。
準決勝第1試合はリプリー対アルベルト。
山田さんは一回戦のネタに引き続いてリプリーのその後を説明。ついにはリプリーを惑星破壊未遂犯にまで仕立てあげる。
対する高野さんは証拠がないとして山田説を論破。アルベルトをコスプレ特撮オタクに仕立て上げるが、これは逆に会場の共感を誘う。
しかし、仙台嬢の「コスプレはいや」のひとことでアルベルト敗退。
第2試合、双葉山殺人鬼対、ウェンディ。開始早々田中氏はネタ切れを告白。埼京線一発しか考えず、まさか残るとは思わなかった、というところがらしいと言えばらしい。あっさりウェンディの不戦勝となった。
そして決勝である。リプリー対ウェンディの意外な組み合わせが激突。
菅さんはウェンディを捕まえて、いかに彼女がワガママ勝手でイヤな女かを力説し、クソミソに攻撃。
「あたし、これうちの娘やったらはたき回しますよ」
と冴える京都弁で多いにアピール。
SF代表山田さんも、
「母性を失った母親と、手に入らない母親を求める娘、どちらが強いかと言ったらこれは母親でしょう」
と必死に反撃を試みるが、さすがにここまで来るとネタ切れの感が強し。しかしどう話が転がったものか、リプリーとウェンディは似合いの親子であるのでは、というような妙な展開になっていき、ふと気がつけば山田さんの勝ちとなったのであった。
8.軌道から降下する猫が、軌道から降下する少女軍団に勝つまで
最後に参加した企画は、「E・Gコンバットの部屋」。知る人ぞ知る、電撃文庫いち熱い美少女戦闘宇宙SFを、作者の秋山瑞人さんを囲んで語るという企画である。
美少女うんぬんはともかく、そのハードで奥の深い作風と、時折背筋に寒気を催させるようなエッジの立った鮮烈な文章が、私に焼印を押した作品である。身のほど知らずにも、将来追いぬきたい作家ベストスリーに入る方なので、是非にと押しかける。
文庫の写真など見ると、言ってはなんだが少々凶悪な面構えの人であるが、あれはどうやら写真が悪かったらしく、ご本人はたいそう謙虚ではにかむたちの方であった。
自分でしゃべりまくるよりも、司会者の誘い水に合わせてとつとつと語る、という感じである。私はまたこれで妙な自信をつける。人と面と向かって発揮できない内圧を、いざキーボードを前にしたとき嵐のように叩きつける、そういうタイプだとお見受けしたからである。かく言う私もそうだと自認している。
英雄色を好む、が、女好き皆英雄かと言えばもちろん違う。理屈でいけば別に私が秋山さんを見て自信をつける根拠はない。だから、希望というより願望である。書いたらちょっと情けなくなった。
私など、EGが一番売れているかと思ったが、そうでもないらしい。同席の編集氏の話では、E・Gコンバットよりも「猫の地球儀」のシリーズの方がよく出ているとのこと。なぜだろう。猫萌え? ロボットのクリスマス萌え? ディテール萌え? 戦闘萌え? 落下萌え?(そんなのがあるとは思えないのだが)
そう言えば、秋山さんのデビューのきっかけとなった作品は、ラーメン屋でネズミとゴキブリが戦う、というものだったそうである。これなど「猫」の方が近いかもしれない。しかし、私は情緒のない人間なので、EGのようにがんがん兵器とコンピューターとメカが出てくる話のほうが好きだ。
そうは言っても、秋山さんが書くものならなんであれ読んでしまうだろう。それがまた悔しいのである。勝手ながら仮想敵としてロックオンしたのだった。
9.SF大会のなんたるかを呑みこみ、それにヤラれるまで
大会での私の行動を逐一書いてみた。
しかしこれでは、初心者の方への説明になっていないだろうから、まとめとしてSF大会のなんたるかをざっと通して説明してみる。
今年のSF大会は、2000年にちなんで「Zero-CON」と名づけられた。8月の5日と6日、埼玉県横浜の海沿いにある、パシフィコ横浜国際会議場で開かれた。予約参加者は1425人。そこに当日参加者とゲストとスタッフが加わって、総勢1500人が大騒ぎしたのである。
SF大会は毎年1回、地元のSFファンたちからなる実行委員によって開かれる。参加者は金を払って参加する。ゲストはただでやってくる。集まった人間は、いくつもの部屋で開かれるゲームや朗読会や鑑賞会や即売会を自由に見てまわる。場合によっては自分が部屋の主になって企画を開く。
危険でない限り何をやっても許される。許されるというのは、少なくとも町中のように白い目では見られないということである。コスプレをしてもいい。ゲリラライブを開いてもいい。大道芸を見せてもいい。それらを撮影してもいい。
ゲストが大勢呼ばれている。彼らはおもに作品を提供する側の人間である。作家、漫画家、映画監督、評論家、音楽家。そういう、普段メディアの向こう側にいる人間が、名札をぶら下げて生でそこらを歩いている。呼びとめてサインをねだることもできる。なんなら作品論を吹っかけてもいい。人間に話しかける時の常識で、すげなくあしらわれることもあるが、向こうの気分によっては思いもかけぬほど親切な応対をしてもらえることもある。
それらゲストが開いた企画が、特においしい。プロの芸を間近で拝めるチャンスである。有名な漫画家が目の前でさらさらとキャラを書くのが見られる。尊敬する作家が小説の書き方を詳しく説明してくれる。アニソンを歌う声優と会話することができる。あるいは彼らの失敗すら見ることができる。
ゲストでなくても、人と知り合うことは楽しい。普段周囲に遠慮して普通人を装っている人は、ちょっとでもきっかけがあれば是非その辺の人に話し掛けてみるべきである。いる人間がすべてSFのくくりに入っているから、なにかしら話題が見つかる。その開放感はネットでSFの話をすることの比ではない。
すべてが懐の広い連帯感に包まれている空間である。
合宿型の大会では夜通しいろんなイベントが続くが、今回は昼型だったので、2日間の日中だけ企画があった。
企画は大学の講義のように、時間割に沿って行われる。即売店はディーラーズ区画で期間中ずっと開いている。また予告なしで開かれる突発ライブやパレードもある。
大声で呼ばわりながらコピー紙を配っているハッピの兄さんもいる。これは、大会期間中1時間ごとにトピックを拾ってきて刷っている、時刊新聞というものである。その編集部は、ほんとに新聞社が丸ごと引っ越してきたような騒ぎである。
とにかくあちこちでいろんな人がいろんなことをやっていて、肉体がひとつではとうてい全部をカバーすることが不可能な、大規模な祭り、それがSF大会なのである。
このようなSF大会を、私は今回存分に楽しんできた。帰りに、林さんたち3人とともに中華街によって、わざわざあやしい裏通りの店を狙ってラーメンを食べに行く、という余禄までこなした。
結果として見事にはまった。冷静な私はまだ脳のどこかにいて、はまったじゃない汚染されたんだとかなんとか言っているが、そんなたわごとはどうでもよろしい。あれは楽しいものである。ちょっとでも興味があればぜひ行くべきである。
ファンダムに疎い私なので、来年も多分初心者ファンであることは間違いない。作家であるかどうかは怪しい。
そんな私だが、できるものなら今度こそ、真の「SF作家」として大会に参加したいと思っている。
扉へ
第2遊水池へ